ツイッターでのつぶやき

TwitterWind

フォト

乗り物いろいろ

  • はやとの風4
    移動が仕事。乗り物に乗るのが仕事。各地で出会った九州・沖縄の乗り物をご紹介します。

« それぞれのプロジェクトX | トップページ | 沖縄発、平和への行動② »

沖縄発、平和への行動①

日米政府が固執する普天間基地の沖縄北部への移転計画――県民のたたかいによって辺野古沖合案は頓挫したが、昨年秋キャンプシュワブ沿岸案にとってかわった。224日、志位委員長の現地調査に同行する。

06 たたかいのシンボルとなった「平和丸」に委員長と乗って現地調査するのは昨年に続いて2度目だ。汀間(てぃま)漁港を出発、対岸のキャンプシュワブがまだ遠く見えるところで停船。「ここら辺が滑走路の端になります」とヘリ基地反対協の大西照雄さん。こんなに広い埋立地をつくるのか…。志位委員長が「水深が深い。これなら大型船も入る」と核心をつく指摘。普天間飛行場の移転にとどまらず、軍港化が懸念06されるというのだ。

船長の具志堅徹さんがポツリ。「あの米軍基地の建物はまだ建って数年だが、新基地建設で壊すことになる」なんというムダづかいだろう。

06 これまで辺野古のたたかいを支援する人たちへ使われてきた説明用資料が、このたび集大成された。紙芝居風写真集「辺野古アクション」。実によくできている。いままで基地のことを何も知らなかった人でも、よく理解できるように編集されている。

同書をもとに、普天間基地移転と辺野古のたたかいをふりかえる――

     1995年 少女暴行事件に沖縄の怒りが爆発。85000人の県民総決起集会。翌年、日米政府は「基地前面返還」を発表。

     1996年 SACO(沖縄における施設及び区域に関する特別行動委員会)最終報告で「沖縄本島東海岸沖」建設を発表。

     1997年 辺野古で「命を守る会」結成。おじい、おばあたちの座り込み始まる。名護市民投票で52%が反対、しかし市長は基地建設を認める。

     2004年 那覇防衛施設局が辺野古漁港に作業ヤードを作ろうとするが押し返す。以降5ヶ月間に32回、座り込みによって押し返す。

     同年8月、沖縄国際大学で普天間基地の米軍ヘリが墜落。9月、建設強行発表。キャンプシュワブの浜から出航し、辺野古海上で作業開始。11月、ボーリング工事用の単管やぐら設置。完全非暴力の抵抗、抗議つづく。近隣のウミンチュ(漁師)たちも支援。

     2005年 単管やぐら撤去。63箇所のボーリング工事を1箇所も着工させず。

     同年10月、日米政府が米軍再編で「キャンプシュワブ南の沿岸部案」を発表。

「愚直な粘りの9年間」(大西氏)で、辺野古沖合案を事実上の撤回に追い込んだ意義は大きい。現地での24時間体制、しかも洋上での監視活動は、沖縄とはいえ凍える日もあったろうに…その気概と労苦に感服、心から拍手をおくりたい。

24日午後からは、那覇市内で全国基地闘争交流集会(日本平和委員会など主催)に参加。夕方の便で福岡中央南地区の「新春の集い」での国政報告のために一旦帰福。25日、26日全国の平和活動家の人たちと沖縄で行動する。

« それぞれのプロジェクトX | トップページ | 沖縄発、平和への行動② »

かけある記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/122853/8847109

この記事へのトラックバック一覧です: 沖縄発、平和への行動①:

« それぞれのプロジェクトX | トップページ | 沖縄発、平和への行動② »

お願い

  • 励ましのコメントをお寄せくださる皆様へ。ありがとうございます。匿名でけっこうですので、メールアドレス(携帯可)をお持ちでしたら、ぜひお教え下さい。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

田村貴昭の写真

  • Photo
    宣伝物に使っている写真です。ダウンロードして活用してください。

ホームページ

2016年4月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30