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    移動が仕事。乗り物に乗るのが仕事。各地で出会った九州・沖縄の乗り物をご紹介します。

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2006年9月

ひと安心

大阪の老健施設の父親と岡山に入院している母親の見舞いに妻と向かう。

父。集団生活になじめるかどうか・・・一番の心配だったが、入所から20日の生活ぶりに安心した。車椅子の乗り降り、リハビリ、食堂への移動、洗面、トイレ等、介護士曰く「順調ですよ」。
母親のガンと手術のことを打ち明ける。「そうやったか」。

母。あの手術から10日たった。体中につながれた管も点滴もとれていた。熱があるものの、回復は非常に早いとのことだった。体力増進、人工肛門の訓練、これからが大変だ。

妹と今後のことを打ち合わせて、病室をあとにする。北九州-大阪(枚方)-岡山(倉敷)を一日で回るのも慣れた。二親ともに、早い機能回復を願うのみ。

大石事件控訴審~国公九州ブロック大会

9月29日、福岡高等裁判所へ。
後援会ニュースを配って逮捕され、有罪の不当判決を受けた豊後高田市議・大石忠昭さん(大石事件)の控訴審が開かれる。

Img_6948 大分からバスで続々と傍聴にかけつける支援者。福岡や全国からも・・・12府県250人の支援者で裁判所前の通路は埋め尽くされた。

日本全国で長年にわたって行われている公党の活動への政治弾圧。それを迷惑として住民が訴えたとでも言うのか。事件の本質は日本共産党の議席剥奪である。絶対に負けられない。

Img_6963 証人となった大石忠昭さんの妻、妙子さん。大石さんが1970年に豊後高田市に移住してから今日まで、住民奉仕一筋の議会活動を歩んできたことを証言した。

大石忠昭さんのホームページ

http://www.d-b.ne.jp/ooisi32/index.html


国家公務員労働組合九州ブロックの定期総会へ出席。
自公政治は「民間対公務員」の不毛な対立軸をつくり、「官→民→官」賃下げの悪循環を促進させている。人事院がこれまで100人以上の企業との比較を、50人規模に比較基準対象を一方的に変えたため、さらに人件費縮減がすすむ。

P1060503 「人間らしく働くルールの確立に共産党も共同の運動をすすめていく」ことを表明し、連帯と激励のあいさつ。

三輪教授を北九州市長に②

「笑顔の北九州をつくる会」。今までの市長選挙の母体であった「平和と暮らし権利を大切にする北九州市民の会」から、さらにウィングを広げて幅広い市民を結集する。
結成総会に登壇した顔ぶれは多彩。知らない人がたくさんいてびっくりした。

Img_3525 オープニングは北九州市出身のミュージシャン、大平啓人さんの勇壮なドラム・ライブ。続いて、北九州うたごえ連合会のさわやかな合唱。

「会」の呼びかけ人が紹介される。学者、文化人、書道家、教育活動家、医師、弁護士…
代表して鍬塚聰子さんがあいさつ。

三輪候補は北九州市立大学経済学部の教授。この日の総会は、同大の教員・学生、出身者が先頭きって「三輪先生がんばれ」のエールをおくることとなる。
司会は北九大外国部学部助教授の北美幸さん、会則・役員の提案は文学部助教授の小賀久さん。

Img_3551Img_3549 激励の言葉――北九州教職員「笑顔の会」から棚次圭介教授、弁護士「笑顔の会」から後藤景子さん、北九大学生「笑顔の会」から藤井弘子さん、健和会OBOG「笑顔の会」から道場直美さん、そして新日本婦人の会から激励の発言が続く。最後に共産党OBOG「笑顔の会」の私。
Img_3557Img_3554 
それぞれが要求横断幕を持った仲間とともに登場。檀上を埋め尽くしたところで、三輪俊和候補の登場。


Img_3578 税金の使い方、教育改革、市民負担の軽減、まちづくり・・・元気で軽快な三輪節炸裂。「笑顔あふれる北九州を作りましょう」。
会場の参加者も笑顔と拍手でこたえる。Img_3585

企画と演出が練られて、実にいい集会だった。関係者の努力に敬意を表したい。

三輪教授を北九州市長に①

(写真準備中)
来年1月の北九州市長選挙に市立大学の三輪俊和教授が決意。「笑顔の北九州をつくる会」の結成総会が開かれ、会場となったウエル戸畑大ホールは、立ち見もでる957人の熱気であふれた。

北九大の一般教養で三輪先生から経済原論の講義を聴いたのが25年前。1981年は、核持ち込みライシャワー発言、ローキード事件で小佐野被告に実刑、北炭夕張炭鉱ガス惨事で93人が死亡などの事件があった年。
経済原論の中身はすっかり忘れだが、先生の社会に対する発言は今も記憶にしっかり残っている。

「世の中はいい方に向かうのか。一部の者だけが利益を得る社会がずっと続くのか――そうではありません。この世の中は必ず変わります。みなさんの目の黒いうちに必ず変わります。経済学者である私が言うのですから、まちがいありません」
こんなかんじだった。胸がドキドキした。講義で学生から拍手が起こった。

神戸大学出身で北九州に来られた。「どうして、北九州にとどまろうと思われたのですか?」
ある日、若松のお宅に伺ったとき聞いたことがある。

「北九州は労働者の街。社会の矛盾に目をひらき、たたかい、進歩させるのは労働者。日本の夜明けは京都からという人もおるが、もしかしたら夜明けは北九州からかもしれんな・・・」

P1060501 公立大学の教員という制約がありながら、北九州の地で政治革新を願い、学生や市民を励まし、がんばってこられたのが三輪先生。私もこの地に骨を埋めようと決意したのは、学生時代。先生の影響が過分にあった。

三輪教授のモノマネを交えて、共産党を代表して応援の訴えを行う。
後日の評――「田村さん、あれが(モノマネ)がよかったばい」「三輪さんの一面を知りました」

福建労福岡西支部で報告会

9月27日、福建労福岡西支部(福岡市西区)に行く。建設後援会による国政市政報告会。
市議候補の倉元達朗、中山郁美、熊谷あつこの西部3人衆、田中美由紀参院候補と役者がそろう。

P1060486 それぞれが、政治革新への思いを訴え、来年の選挙への決意を表明。私も小泉政権以上に危険な安倍政権の本質について語る。

「建設国保の制度を維持していくには、医療全体をまもるたたかいとしなければならない」「小規模営繕登録制度を福岡市で実現するためには」「老人医療の改悪で負担の限界」など、意見、要望も多く出される。

倉元市議が最寄りの橋本駅まで送ってくれた。ここは地下鉄七隈線の終点。ここから自宅までは、新幹線を使っても1時間半はかかる。福岡は広いなぁ。

朝倉市で台風被害調査

9月26日、筑紫・朝倉で活動。

P1060443 吉居俊彦地区委員長、筑前町議候補の河内直子さんとともに、朝倉市(甘木市・朝倉町・杷木町が合併)へ。台風13号は福岡の農業にも甚大な被害をもたらした。JA筑前あさくらを訪ねる。

P1060457「台風のお見舞いを申し上げます」。組合長から被害状況について伺う。コメのモミずれによる脱粒、梨やかきの落下、ビニールハウスの倒壊など、管内で15億2千万円の損害。ちょうどこの日は農水省の調査団も朝倉市を訪ねたとのこと。

P9260041 組合長は、品目横断的経営安定対策に言及。「集団営農を進めないと補助金が出ないからやっているが、このやり方で食糧自給率をどうやって伸ばすというのか」。農地と農業従事者を減らし続ける政府のやり方に、現場は憤慨している。

P1060452市内3カ所で街頭宣伝を行ったのち、農地を視察。稲の倒伏が痛々しい。ネギは倒れると商品価値がなくなるとのこと。

060926_1甘木朝倉民主商工会を訪問。「果樹園関係の会員30軒に台風被害がでています」と山見孫文事務局長。甘朝民商の行事への参加を約束して太宰府へ戻る。

P9260050 筑紫野市で演説会。城間広子、篠原範子両市議の再選、党躍進の意義を訴える。会場からも活発な意見が出された。

P9260054 つづいて太宰府の党支部会議で政治報告。来春の市議選は、山路一惠議員が勇退し25歳の新人、藤井雅之氏に交代。武藤哲志市議と2議席必勝をめざす。両候補の決意表明もすばらしく、終始明るい会議だった。

農家に救済を

9月25日、昨日につづいて佐賀の台風被災調査。
Dsc_0030 町役場を訪ねお見舞い。担当者から現状について話を伺う。

県委員会事務所で調査のまとめを行い、国の激甚災害指定や被災者への救済措置、被災生産物の技術指導など、佐賀県に対する要望を作成。

Dsc_0057夕刻、武藤明美前県議と党県災害対策本部長の中尾純子さん、川副町議候補の石丸泰男さんとともに、県生産振興部に対して申し入れる。

P1060425 豊かな穀倉地帯を襲った塩害。「普通の台風ならよかった」・・・何人もから聞いた。塩害に対する有効な手だてはないという。自然は過酷だ。

P1060328 災害ごみ。木材、トタン、スレート、屋根瓦など13号は、風の台風であったことが伺える。


P1060408 100年の風雪にも耐えた、茅葺きの家もとうとう住めなくなった。

コメ、大豆・・・全滅 佐賀台風被害

柳川からバスで佐賀入り。台風13号が有明海沿岸の農業に甚大な被害をもたらした。未曾有の塩害。きょうあす調査に入る。

Dsc_0087 参院候補の中尾純子さん、仁比参院秘書の山口真史さん、被災地の党議員――白石町(原義博議員、秀島和善議員)、久保田町(岩本和紀議員)、東与賀町(池崎基子議員)とともに、被災状況を見て回る。

P1060437 被害の原理――有明海沿岸は干拓地。防波堤の手前まで農地が広がっている。
防波堤に打ちつけられた波は、ちょうど高潮と重なってしぶきが高く舞い上がり、それを暴風が運ぶ。台風13号は雨が少なく、塩に浸かった樹木や農産物は洗い流されず、最悪の結果となった。

●コメ
P1060371 豊作の稲穂は輝くばかりの黄金色なのに、農家も役所の担当者も「黒い」「黒い」とつぶやく。
稲穂が風によってなぎ倒され(倒伏)、もみの多くが落下(脱粒)した。作付け面積の65%が被災。

P1060367 「夢しずく」は9月が刈り取り、「ひのひかり」とモチ米は後1ヶ月後が収穫時期――実が生育し‘頭を垂れる’大切な時期、収穫の喜びを味わう直前だった。

●大豆
P1060376 完全に枯れてしまった。これ以上生育しない。市場にも出せない。作付け面積の78%が被災。



●いちご
P1060350 「新芽が出てきたら、実がなるといわれたが・・・」。農家は不安を隠せない。このハウス農家は15000個のポット(鉢)をつくった。

●アスパラ
P1060406 これまで2回の収穫。あと1回獲れるところで被災。




●れんこん
P1060347 実は地中にあるので市場には出せる。しかし、塩害がなければ「あと一節成長した。それだけでも価値は3分の2になった」という。

●たまねぎ
P1060362 土壌消毒してビニールをかけて、作付けに備えていたところ被災。ビニールは張り直し、土も塩をかぶった。


佐賀県によると、農林水産物の被害は22日現在で96億円を超えた。コメ、大豆以外は、共済の対象品目とならないとも伺った。

P1060498 「茫然自失、開いた口がふさがらなかった」――農民の置かれた状況を自治体の農政担当職員が語る。救済が必要だ。今後の塩害対策が必要だ。


柳川市議選

P1010273 9月24日、福岡・柳川市議選告示。梅崎かずひろ候補の出陣式に参加する。

日本一高い介護保険料

9月23日、福岡・小竹町で活動

小竹町は12月10日投票で町議選が行われる。3期目を目指す宮野一男さんと、佐藤豪議員からバトンタッチする広瀬早美さんが挑戦する。

P1060319 広瀬さんと街頭宣伝。広瀬さんはタクシードライバー。タクシー労組の役員も務めた。規制緩和による増車で、長時間労働と低賃金に苦しむ業界。
「痛みの政治とたたかってきた広瀬さんだから、町民の暮らしをしっかり守ることができます

小竹の介護保険料は日本一高いそうだ。なんと標準で6456円。近隣の直方市が4345円、嘉麻市が5570円、飯塚市が4975円だから驚く。

町長は広域連合に加入していることを理由に保険料が下げられないという。ならば、広域連合を脱退すればいいのでないか、これが共産党の主張だ。嘉麻市は脱退して、886円引き下げられた。

庶民増税加えて、耐え難い住民負担――流れを変えよう。冬のたたかいまでもうすぐ。

伊王島~香焼 台風の爪痕

9月22日、長崎市伊王島、香焼にて活動。

伊王島町と香焼町が長崎市に合併して昨年1月、市会議員選挙が行われた。定数1の激戦を制したのは共産党だった。九州と全国を大きく励ます快挙を成し遂げたのが、伊王島元町議の内田隆英さん、香焼元町議の津村国弘さん。念願かなって、この町を訪ねることができた。

P1060181 内田市議と長崎市から船で伊王島へ。台風13号の爪痕が・・・船窓からは三菱造船の大型クレーンがなぎ倒されている。

P1060209 島の街路樹は塩害によって枯れてしまった。被災者へのお見舞いをかねて街頭宣伝。P1060217

町の有力者を表敬訪問後、内田宅で小集会。キリスト教徒と仏教とが仲良く暮らす町は、かつて炭鉱労働者がたたかった革新の伝統を受け継ぐ島でもあった。

P1060230 香焼へ。なんと津村市議が自家用船で伊王島まで迎えに来てくれた。

P1060238 香焼の台風被害は甚大だった。町の集計では家屋の損壊は124世帯とあるが、見た目はそれ以上。ブルーシートで応急処置された家があちこちにみられる。

P1060269 ある自動車修理工場では、「100台を超える修理依頼です。ガラスの部品がなくて・・・」と大忙しだった。
P1060249 被災現場をまわる。屋根が飛んでしまってアパートでは、「雨がふったらどうしよう」と心配顔の居住者の横で、津村さんは市役所とのやり取り、引っ越しの手続きで大忙し。

P1060275 夜は公民館で集会。被災状況や増税のことで懇談する。

来春の市議選は、津村さん、内田さんともに同じく定数1でたたかう。地域住民に密着した活動でぜひ勝って欲しい。

行きづまる政治と党の出番について訴えて、長崎を後にする。

モップ猫

P1060285 大ちゃん、また毛が伸びたね。モップみたい。

いまから冬毛が生えるんだ。




P1060308毛玉になったらいけないから、カットにいこうか。

散歩にだしてくれたらいいよ。

福建労大川三潴支部大会

9月21日、福建労大川三潴支部(本田誠支部長)の定期大会に出席する。
家具職人をはじめ組合員は860人、福建労の中でも大きな支部だ。

出席の要請は、単に政党代表のあいさつではなく「記念講演」。労働組合の大会中に講演会を持つのは珍しい。大川三潴支部は恒例で、去年は馬奈木弁護士だったそうだ。

060921_2 ・自民党総裁選――党員票の3分の1が「非安倍」であったことは、小泉政権5年とこれを引き継ぐ流れへの批判の現れであること。
・格差と貧困の広がりの一方で財界・大企業がいかに厚遇されてきたか。歳入歳出の改革で暮らし雇用は良くなる。
・アメリカ言いなりは戦争への道。国民は教育基本法と改憲への道を選ばない。
30分語り、「選挙を通じて暮らしと平和を守ろう」と呼びかける。

福建労は12000人を超える大所帯。政党の支持状況も一様ではない。代議員の寡黙な職人たちはじっと私の目を見ている。

翌朝、組合からブロック事務所にお礼の電話があったと聞く。よかった。録音された講演テープが回っているらしい。これは恥ずかしい。

《早く仕事に戻りなさい》

9月21日午前10時。術後半日が経過した。

19日、20日は、数ヶ月前からとっていた休暇日だった。偶然とはおそろしいもの。手術とその説明の日が完全にダブった。「お母さんが貴方を呼び寄せたのよ」と回りが言う。

昨夜の執刀医が午前8時に診察に様子を見にきたという。おそらく寝ていないのに違いない。患者の命に責任を負う医師の使命感に、只ただ頭が下がる。再び回診。

「今日は起き上がる訓練をしましょう。水は100cc飲んでいいです」
えっ?
「回復が早いですよ」と看護師さん。「お若いから」。
本人は、苦痛で顔をしかめているというのに。思わず笑ってしまった。

手を持ち上げてサインをおくっている。《早く仕事に戻りなさい》
はいはい、じゃあ行ってきます。

手術

倉敷中央病院は、妹夫婦宅から車で5分の距離。術後の生活を考えても、医療の中身にしても、この病院の選択は正しかったと思う。妹夫婦と3人で午前10時に病室へ。

大阪の父のこと、親戚への連絡など、母親は気づかいが多い。
励まして、なんとかリラックスさせて、開始の時間を待つが、オペ室からの連絡がない。結局午後4時からの手術となった。

あまりに長い。
「これだけかかっているということは、膀胱もだめだったか・・・」
「でも、手の施しようがないという状態ではないよね」
「どうか転移がありませんように」

6時間後に終了。手術センターの説明室へ走る。
取り出した臓器は、子どもの頭くらいの大きさ。ガンの恐ろしさを目の当たりにする。

ガンはやはり膀胱と尿管まで達していた。従って「切除しました」と執刀医。妹はおろおろしている。
「腎臓からの尿管を膀胱へ再び結びました」
「つまり膀胱は生きているのですか」
「はい大丈夫です」

本当によかった。
懸念された肺、肝臓、腹膜、骨盤等への転移は、見られないとのこと。ガンの進行度からみて、最善の結果となる。地獄で仏、九死に一生を得た。

午前1時。手術着を脱いだ医師から再度、結果について報告を受ける。
一ヶ月は入院。その後、化学療法導入の判断となるとのこと。

体のあらゆる部位に管が通されて、母が病室に帰ってきた。
「よく、がんばったな。成功したよ」
「腰が痛い」
「長い手術だったからよ」
「うん」

遅きに失したが、命が助かった。これは何が何でも、社会復帰させて、九州の温泉に連れて行かねばならない。

9月20日付けの答え

“九沖(きゅうおき)”豆知識⑥
市町村合併で村がなくなった県は?

答え→長崎県と佐賀県

いわゆる「平成の大合併」をもたらす法改定があった、99年4月1日から2006年8月1日を比較すると、市は109増えた(670→779)のに対して、町は1150の減(1994→844)、村は372の減(568→196)となった。

現在47都道府県の中で、村がないのは13県。このうち「平成の大合併」で11県から村が消えた。 

九州沖縄では2県。
長崎県大島村が平戸市に合併(05年10月)。
佐賀県では三瀬村が佐賀市に(05年10月)、七山村が唐津市に(06年1月)、東脊振村が吉野ヶ里町に(06年3月)、脊振村が神埼市と(06年3月)なった。

東京都や大阪府には村があるのに、地方自治とは複雑だ。

香りとにおい―活動の記憶

しんぶん「赤旗」水曜随想(06.09.20

沖縄のいっせい地方選応援演説。いつものように「ご町内のみなさん、こんにちは」とやったら、「田村さん、沖縄に町内会はないよ」と言われた。

那覇の義父にそのことを話すと「ウチナーでは『何々区』と呼ぶかな。町内という言葉は使わないね」。そしたら義母が「広告の『駅前』という表示に、まだ慣れないわ」と言う。そうか、モノレールができる前、沖縄に駅はなかった。

鹿児島で酒と言えば焼酎が当たり前で、福岡で「お酒」と頼めば「冷酒(日本酒)ですか」と聞かれる。所変われば、言葉も文化も違う。

毎日の活動では、また、様々な香りとにおいにふれる。
風が運ぶ田んぼの苗の青々とした香り、海辺や漁村では潮の香り、四季折々の花は言うまでもない。山では、雨の降り出しと上がったとき、土と緑のもたらす変化も楽しめる。

別府、霧島、雲仙・・・温泉臭は、似た泉質でも地域ごとに違う。指宿ではかつお節工のいぶすにおいにおなかがキューと鳴った。焼酎工場の横をとおれば、もろみが発酵するにおいに夜が恋しくなる。牛舎と豚舎の臭いは、最初抵抗があったが、この頃は慣れて違いもわかるようになった。

大都会の排気ガス、不法投棄された産業廃棄物には閉口するが、それも含めて、各県での活動の記憶は、香りとにおいが補完の役割を果たしてくれる。

沖縄に話を戻そう。大型の台風13号は、大きな爪あとを残して去った。被災を見るに付け、もう台風なんか絶対にこないで欲しいと思うのだが、沖縄には「台風は恵み」との考え方がある。

熱や水の伝達、植物や海洋生物を育む自然面。そして、心身を休め外食を楽しむなど生活を謳歌する面。コンクリート住宅で備えを尽くす一方、自然と共生をはかる点でたくましさを感じる。

住み慣れた北九州での生活・文化との違いを体感する日々――それが楽しく感じられれば、広域での候補者活動も苦にならない。


“九沖(きゅうおき)”豆知識⑥
市町村合併で村がなくなった県は?

答え→長崎県と佐賀県 詳しくはブログをご覧ください。
http://tamura.air-nifty.com/1961/

大腸ガン

“後悔先に立たず”“親孝行したいときに親はなし”――妹から母親の病気を聞いて以来、一週間ずっと考えつづけている。

進行性の大腸ガン。本人に告知されたので公表する。

転移はどこまで? ステージは? 余命は・・・頭の中がグルグルしっぱなしだったが、医師の説明とネットや本で得た知識によって、おかれた状況が次第に理解できるようになる。

半年前、あるいは一年前から発病していたらしい。
なぜもっと早く受診しなかったのか。71歳のしかも老々介護で心身ともに疲れ切った者に対して、それは決して問うことはできない。異変と、兆候になぜもっと早く気づくことができなかったのか。子として情けない。悔やんでも悔やみきれない。

手術は明日に迫った。手術について医師から説明を受ける。S状結腸、直腸はガンに冒されているので切除する。人工肛門になる。問題は、膀胱への転移の度合い・・・全摘なら尿路ストマも付けて排泄はすべて意のままにならなくなる。多臓器への転移があれば、末期ガンである。

転移が顕著なら、化学療法に切り替えて再手術という方法もある。とにかく開腹してみないとわからない。

痛みがないので、本人は明るくよく話す。“検査漬け”や絶食にもよく耐えている。
「けっこう私は強いのよ」。そうだ、こういうとき女は、母親は強い。
手術とガンと向き合う気力がある。よし、がんばれ。

福津市で語る

9月18日、福岡・福津市で活動。

P1060161 12月の市議選が近づいた。午前は福間東地域の田中宅での小集会。松尾ひとみ市議とともに、西鉄宮路岳線の廃止問題、障害者の負担増など、2時間たっぷり参加者と意見交換。

午後からは街頭宣伝。勇退する岩下計子市議と大久保三喜男市議が地域をまわっている間、私は市議団の実績宣伝と支援の訴えを行う。

子どもの医療費無料化を就学前まで無料化、中学校給食を全市で実施――福津の市議団は大きな成果をあげている。

市立幼稚園の廃止計画が持ち上がり、市民が見直しを求める請願を提出。議会史上初、85名の市民が委員会傍聴にかけつけ継続審査となった。12月議会へ攻防が続く。

夜は2カ所で小集会。
福間西地域の吉田宅は、松尾ひとみ市議の実家。30分間国政と福津市議選のことを訴える。

P1060168福間中央地域の秦宅へ。岩下、大久保両市議に続いて報告。
「12月に選挙に必ず勝って、来年の2大選挙躍進への流れを作りましょう」

台風で活動中止

9月17日、台風13号上陸がついに九州へ上陸。

午後から、大分市の後援会総会に出席予定。早く行かなければ、電車が止まってしまうかもしれない。

そのため、午前中の北九州地区労連大会の参加はむずかしくなった。欠席の電話を入れて、JR小倉駅へ向かおうとしたその時、大分県委員長の林田さんから電話。
「暴風雨の一番ひどいときの会議になりそう。残念ながら延期せざるを得ない」。

台風は休養という恵みももたらせてくれる。北九州書店に注文しておいた箱一杯の書籍を受け取り、読書と原稿書きで過す。

各県で甚大な事故がありませんように。

早良区で国政・市政報告会

9月16日、福岡市早良区での国政・市政報告会に参加。会場となったももちパレスの会議室は満員御礼。

P1060151 中山郁美市議が市政と市議会報告を行う。中山議員――中学校で社会科の教鞭をとっていた。子どもに接してきた愛情は、そのまま市民に向けられている。

落ち着いていて理論的。やさしさと強さを兼ねそなえた政治家。市議1期目の途中にして党市議団の幹事長に抜擢された。

続いて、オリンピック招致に反対する会の事務局で活躍した田中美由紀さん(参院候補)が、決意表明。オリンピック問題が議論された市議会第一委員会では中山さんの姿が、福岡市がオリンピック候補地を落選したときの瞬間は、田中さんがテレビに映し出された。象徴的な映像だった。

ケヤキ・庭石事件、地震、愛国心強制の通知票、オリンピック市職員の飲酒事故・・・福岡市は出来事、事件が何かと多く、全国からの注目を集める。そんな中での共産党市議団の活動も大きな期待と関心が寄せられている。中山市議の再選と強力な市議団確立へ、来年の選挙をがんばろうと呼びかけた。

障害者施設の苦労―宮崎

9月15日、宮崎市にて活動。

午前中は、前屋敷恵美(県議候補)さん、馬場洋光(参院選挙区候補)さんとともに街頭宣伝。放送局の非常階段で手を振っている人が数人。「あの人は夕方の番組のアンウンサーですよ」と馬場さんが教えてくれた。

午後から、知的障害者授産施設「あすなろの里」を訪問。今村幸夫園長から障害者自立支援法をめぐる状況について、話を伺う。

施設では86人の利用者が、印刷製本や園芸、箱をつくる仕事などの作業にあたっている。賃金は作業と熟達度によって違うが、全国平均以上とのこと。

利用者の生活時間が他の施設より長いので、マンパワーも当然必要となる。
「国からのきびしい施設報酬との関係で、どうやってきりもりしていますか?」
「マンパワーは国基準より上回っています。利用者とスタッフのどちらの立場に立たねばならず、大変な努力が求められます」と園長。

Dscf00302_1 栽培しているブルーベリーやトマトは「夢」ブランドとして東京などのデパートで扱われている。また、あすなろの里では、東京ディズニーランドへの旅行や、すし職人を呼んでの食事会など、独創的で利用者が楽しくなる企画や行事がたくさんある。

経営努力の一端を垣間見た。
みんな明るく生き生きしているのが、印象的だった。

Dscf00312_1 夜は、民医連の後援会の集まりで30分、選挙の意義と党の出番について話をする。4人の宮崎市議候補(後藤やすき、浜畑きょう子、長尾和子、長崎良子)もかけつけ、前屋敷、馬場両市とともに力強い決意表明。

最終の飛行機で福岡へ。

伊勢エビがお迎え

9月14日、宮崎・都城市で活動。

Dvc00033 午前8時40分、宮崎空港着。真新しい宣伝車で馬場洋光書記長がお出迎え。都城の南部地区委員会の事務所に到着すると、迎えてくれたのは生きた伊勢エビだった。海のない都城でなぜ? 「知り合いの漁師にもらってきたのよ」。あっ、そうか。井福美年地区委員長の家は日南市だった。

P1060140 参院選挙区候補となった馬場さん、県議候補の畑中有子さんと一緒に街頭宣伝にくりだす。車からの手振りも多く、地域の方との対話もはずんだ。

昼休みで戻るといいにおい――井福さんがさばいた伊勢エビは、刺身と味噌汁となっていた。朝どれのごちそうを食べたら、風邪具合もいっぺんによくなった。

P1060142 午後は、都城市内の2つの居住支部で懇談会。
「都城温泉に半年前に行きました。NHKでも紹介されていましたが、とてもいい湯ですね」と切り出すと、「市からもらう入浴券はありがたいが、行くのに不便」「市の中心地に温浴施設が欲しい」など、お湯談義に花が咲いた。

P1060148 都城市区の県議の定数は合併によって6に増えた。議席の狙い時。畑中さんと市議団の連携で、お風呂好きの住民の願いにぜひ応えてもらいたい。

夜は、三股町の支部会議に出席。合併によらない独自のまちづくりを選択した町長候補が選ばれたばかり。党は自主的に応援した。

P1060149上西祐子町議は、子ども医療の就学前無料化や地域コミュニティバスの運行などを議会で提案。町もこれにこたえるなど、実績をあげている。来春が改選。定数減の中、明るい党支部の方と一緒にたたかう。

電車で宮崎市へ移動。

京築3自治体へ報告

9月13日、福岡・京築地区で活動。

米軍再編問題で6日、防衛施設庁と行ったやりとりについて、行橋市、築城町、みやこ町へ報告にいく。

沖縄と福岡の気温差があったのか、風邪をひいた。鼻水がとまらない。明日は朝一便で宮崎入なので、博多駅前のホテルで早めに寝ることとした。

看護と介護

母親の容体は思わしくないらしい。大阪の病院から妹のいる倉敷へ転院させることとした。老健施設のショートスティにあずけた父は、ひきつづき入所できることになった。

老夫婦二人暮らしの家は、いっぺんに空き家となった。急いで妹と冷蔵庫の食品を処分したり、入院、入所の準備にかかるが、二人とも生きてこの家に帰って来られるのだろうか・・・何があってもおかしくない年だが、そんなことを考えたら哀しくなってきた。

「お父さんのことは任せてください」。老健のケアマネージャーの言葉が心強かった。妹夫婦とともに大阪から岡山まで車をとばす。1日半で事が運べたのはなによりだった。倉敷総合病院への入院手配をしてくれた義弟に感謝。

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大阪へ

きょうは、一週間分の新聞を読んで、書類の整理でもしよう。と考えていたら、大阪にいる両親の世話に向かっていた妹から電話。泣いている。母親の具合がかなり悪いらしい。町内会の仕事を済ませて、新幹線に飛び乗る。

白と黒

P1060136 大ちゃん、久しぶり。元気にヒマしてた?
おぬし、いやに黒いなあ

おう、暑い沖縄に行ってきたんだぜ。
体も熱いぞ。離せー

最終日は名護で

9月9日、昨日につづいて、大型車で名護市議選支援。

P1060095 今日が最終日。具志堅トオル候補の朝立ちから参加する。
ヘリ基地反対協代表委員・名護平和委員会会長の大西照雄さん、名護民商事務局長の仲本興真さんもマイクを握り「平和と暮らしのためトオルを押し上げてください」と必死の訴え。

「明日は名護をはじめ、共産党が候補者立てている16の自治体で投開票が行われます。基地押しつけ、庶民いじめの自公政権に、沖縄県民のきっぱりとした審判を。悪政に拍車をかけて市民に冷たい市政を変えるため、共産党の議席をなんとしてでも復活させてください」――私も懸命に訴えた。

P1060099 午後からは、外間ヒサコ県議も宣伝カーに乗車する。アンウンサーは香川県からのボランティア、篠田優子さん。朝から晩まで1人でこなすすごい人である。

いい結果が出ることを祈って、夕方に下車する。
P1060077約1週間の沖縄支援は、これにて終わり。高速バスにて那覇市に向かう。

名護市議選~東村議選

9月8日、大型車に乗って名護市議選支援へ。前回共倒れで、重要な議席を失い、具志堅トオル候補が捲土重来を期してのたたかい。

普天間基地の移設に抗する10年のたたかいは、杭一本打たせなかった。市長が基地受け入れに合意する中、基地建設を許さぬ共産党の議席復活は、全国的にも重要な意義をもつ。

P1060092加えて、市民に冷たい保守市政。国保税が払えず大けがを負った市民に対して、たった1日だけ有効の保険証を交付した。こんな短期保険証は聞いたことがない

「国保、介護の減免実現で、暮らしを応援する具志堅トオルを。庶民増税怒りの一票を、日本共産党へ」。応援演説も自ずと力がはいる。

午後から夕方まで東村へ。
P1060087 花と水とパインの村――ヤンバルの森と海が美しい。

東村支部で活動する境田幸子さんは、かつて小倉・三郎丸支部の幹部で、北九州で様々な活動をともにした。
6年ぶり、感激の再会。「田村さんが国会質問する夢を見るのよ」とうれしいことを言ってくれる。

P1060069 さっそく選挙支援へ。村政史上初の議席をめざすのは伊佐真次さん、44歳。米軍ヘリパッドの建設に地域を挙げて反対運動をすすめてきた。基地を村議会が容認したため、立候補の決意を固めた。

P1060057 定数8に候補者は10人。候補者カーを出しているのは共産党だけ。「議会のことがわからない。よくぞ立候補してくれた」「政策を堂々と述べる活動に共感がもてる」――村民の目もあたたかい。

P1060088 しかし、地縁血縁が濃い村社会。ふたをあけるまで全く予想ができない。
本土からきた若者達の支援も受けて、伊佐さんは懸命の追い上げ。議会に新風を! がんばれ。


P1060094_1名護に急いで帰り、午後6時から市議選支援の訴え。激しい雨が降ったり、強い日差しがさしたり、亜熱帯の独特な気候の中、宣伝カーを走らせる。

再び、沖縄市へ

9月7日、染谷さんと、嘉手納基地を見に行く。
P1060032 耳をつんざく戦闘機の騒音が住家におよぼす影響を体感したのだったが、この日の離発着は少なかった。

午後からは、再び沖縄市議選支援に。池原秀明候補が宣伝カーを降りての活動のため、代理弁士として乗車。

P1060061 午後8時までしっかり訴えて、選挙事務所着。決起集会で連帯のあいさつをして、名護に向かう。明日から沖縄北部で活動だ。

遊んでー

長い出張。大ちゃんどうしてるかな・・・
「あいかわらずヒマしてるよ」と妻が写真をおくってきた。

Dsc01034 そのソファの位置は、ご主人さまの指定席。
「どっこいしょ」。腰を下ろそうとすると、ぴゅっと逃げる。

生暖かい感触がなつかしい。しばらく席を温めておいてくれ。

南風原町議選

9月6日、告示2日目の南風原(はえばる)町議選支援へ。

P1060015_1 定数が6減。富里和正さんが勇退し、共産党は現職の大城ツヨシ候補(2期8年)、宮城カンジュン候補(4期16年)が議席をまもるたたかい。
午前は大城候補と、午後は宮城候補と一緒に訴える。

P1060022_1 町議団は、住民アンケートにもとづく町政要望を毎年行い、保育所増設など町民に見える活動を展開。「庶民増税許さず、国保、介護の負担軽減を」と2人は訴える。

16の議席を17人が争う少数激戦。力を抜いた者が負け。朝から夜まで訴えて、ツヨシ事務所での後援会・親族の集まりにも出席して、参加者を激励。

P1060031P1060029_1  シーサー。沖縄での建物の門や屋根などに多く見られる伝説の獣の像。悪霊を追い払う魔除けの意味がある。
選挙を勝てるためにも見守ってほしい。

沖縄市議選

9月5日、那覇から沖縄市へ移動。ボランティアで応援に入っている染谷さんに送迎を担当してもらう。染谷さんは吉岡吉典(元参院議員)さんの秘書を長年つとめた安保外交の専門家。車中の会話がとても勉強になる。

P1060004_1 東門みつこ革新市政を支える共産党は、2名の市議団確立を目指してのたたかい。政党車に乗って午前は前宮みつこ候補、午後は池原秀明候補の地域で支援の訴え。

沖縄選挙のポスターは独特だ。同じ姓が多いため、名前を強調。カナ(かな)が多いのは、識字率が低かった頃からの工夫だと昔教わった。

前宮さんは、中部協同病院に20年勤務し市民の健康づくりに携わってきた。東門市長とともに「ダブルみつこで国保、介護の負担軽減に全力あげると」懸命の奮闘。

P1060013 池原さんは4期16年のベテラン。反戦地主で米軍から土地を取り戻した気骨の政治家。地域での信頼が厚いことは、街頭の雰囲気ですぐにわかった。

P1060002 庶民増税と福祉破壊の自公政治から市民を守る。アメリカ言いなりでは基地も騒音もなくならない。平和への願いを共産党へ――反応は上々。演説後、拍手がくる。「近くの者です」とお茶を差し入れてくれたり、カチャーシ(手踊り)でこたえてくれたおじいもいた。

P1060010_1 残る22名の公認候補の勝利へ、県委員長の赤嶺議員は東奔西走。当然国会の赤嶺室のスタッフも沖縄支援に入る。

宮岸秘書は、空っぽになった沖縄県委員会で「大番頭」をつとめ、土方秘書はアナウンサーで各選対をまわる。土方アナ、本当にうまいなー。明日は、竹内秘書がやってくる。みなさん、ごくろうさまです。

P1060006 夕方休憩のおやつ――ドラゴンフルーツ、パイナップル、揚げ菓子のサーターアンダーギーにコーヒー。流した汗の分、水分補給をしっかり。甘いものをとると、不思議にリフレッシュする。

上京、そして沖縄へ

9月4日、福岡県委員会の政府要請行動で上京。
仁比そうへい参院議員、高瀬菜穂子県議、京築と筑後の議員団とともに同席する。

米軍再編で自衛隊築城基地に米軍嘉手納基地などからF15戦闘機が配備される問題で、防衛施設庁の施設企画室長から話を聞く。

Dscn3912 ・米軍使用の中身について、格納庫や整備場、駐機場のほか、外来の宿舎の用意がありうるとした。

・普天間飛行場の代替に関わる築城の緊急使用については、「安全保障上こたえられない」。

・米軍基地の分散移転で沖縄の負担は減るのか――嘉手納の飛行回数は年間約1万回減るが、騒音がどれほど無くなるかについては「わからない」とした。

上京団はこの他、農業(品目横断的経営安定対策など)、教育(校舎の耐震化、加配教員)、ダムと水源等の問題について政府各省から説明を受けた。

夕方の便で羽田から沖縄へ。9月10日に投票が集中するいっせい地方選挙支援のためだ。行程は今週末まで。がんはるぞー。

那覇空港からモノレール美栄橋駅で下車。県委員会に顔を出すか、宿舎に行くか、晩飯を食べるか、迷っていたら、目の前のラーメン店に見覚えのある人・・・春名さんじゃないですか。
幾百もある那覇の飲食店で偶然の再会。春名さんは沖縄支援3日目。ラーメンを食べながら現地の状況を伺う。

チキン南蛮~とり天

先月は、宮崎から大分に向かう行程があった。行く前から決めていた。宮崎ではチキン南蛮を食うぞ。大分ではとり天(鶏の天ぷら)を食うぞ。食って暑さとたたかうぞ。

鶏肉が好きである。牛も豚もOK。魚も野菜も大好き。発酵食品、珍味からゲテモノまでどんと来い。要するに好き嫌いがないのである。

P1050229 チキン南蛮――鶏肉を油で揚げ、甘酢に軽くくぐらせた後にタルタルソースをかけて食べる。宮崎県では定食屋、居酒屋の定番メニュー。唐揚げだけでも旨いのに、甘酢+タルタルソースである。この組み合わせが絶妙にいい。
芋焼酎にも麦焼酎にも合う。この日は、森伊蔵のロックで味わう。

サクッ、ジュワー。口の中で肉とタルタルソースを舌でまんべんなく絡ませてかみしめる。ソースのピクルスやたまねぎのみじん切りをプチプチ歯でつぶす。油、甘酢、鶏、ソースのマヨネーズ、卵などの香りが交互に鼻腔をくすぐる。ゴクン。
一口食べては幸せを感じる。食感、歯触り、香り、そして味は何通りも楽しめるのだ。

P1050285 とり天――大分では鶏の唐揚げより、鶏の天ぷらの方が断然メジャーである。酒のおつまみに、ご飯のおかずに、おやつに、県民に広く愛されている料理だ。
忘れてならないのがポン酢。これをつけて食べるのが一般的。ウスターソースやケチャップを付ける店もあるが、ポン酢がいい。

先週の別府では店で食べる時間がなく、駅前の総菜店で買って電車の中で食す。ビールと合うんだな、これが。

チキン南蛮もとり天も安い。いよっ、庶民の味方! しかし、安いブロイラーを古い油で揚げると味に差がつく。作り置きもおいしくない。いい素材で、できたてをいただくのが一番。

福建労大会

9月3日、福岡県建設労働組合(福建労)の第52回定期大会が北九州プリンスホテルで開催される。

建設労働者や職人が加入する福建労は、昨年50周年を迎えた。1955年、わずか18人の大工で結成された組合は、今日12779名(6月末)を有する県下最大の建設産業労組へと成長した。

「“平和を基本”に“数は力”を言葉に」(西山徹委員長)、幾多の困難を乗り越えて、4年連続の過去最大の到達。心から敬意を表したい。

Dscf2175 約200名の代議員を前に、党を代表してあいさつ。財界・大企業に奉仕する自公政治の実態を述べ、「ボロもうけしているところから税金をとり、福祉と雇用をしっかり守る政治の転換へ、ともにがんばりましょう」。

たたかいの成果の象徴である中建国保(建設国保)の制度後退を許さず、住宅リフォーム制度や小規模事業登録制度を自治体に拡げてゆくためにも、奮闘することを誓った。

P1050421 いただいた50年誌を読む。労作だ。組合結成前(1954年12月20日)のチラシが再現されてある。
「大工組合をつくろう」――いいなあ、要求実現への第一歩。今でも充分使える趣旨と言葉に新鮮な感動を得た。

聞いてないよー

結婚式に出かける。ただし、新郎も新婦も知らない。今日が初対面の結婚式。

新婦の親、松尾さんとは10年来のつきあいで、市議時代、乗り回したバイクの宣伝カーを作っていただいた恩人だ。そんな縁で招待を受けた。

「よう来てくれたな。ありがとう」
「本日は、おめでとうございます」
「途中でちょっと一言、スピーチしてな」
「えー、聞いてないよ」
「簡単でいいから、頼む」
「じゃあ、テーブルスピーチだったらいいですよ」

かくして開式。席に着くやいなやMCがやってきた。
「田村様、きょうはよろしくお願いします」
「どうも」
「ご祝辞ですけど、乾杯の前に高砂の横のマイクでお願いします」
「えっ?  テーブルスピーチじゃないの?」
「いえ、花嫁側主賓の祝辞となっております」
「エーッ! 聞いてないよー」
「花嫁のお父様からそのように伺っております」

新婦側もうひとりの来賓も同じく突然のお告げ。「エーッ!」
あの親父・・・

P1050397 ・・・花嫁は私と同じ大学の出身、新郎の郷里は諫早。二人は職場で知り合った・・・とにかく自分との接点を見つけ出し、なんとかまとめなきゃ・・・頭の中はグルグル。

「田村貴昭さま、よろしくお願いします」。わずか10分後に出番となった。
何てしゃべったのかって?  ナイショ。

親父がビールをもってやってきた。
「いやぁ、ようやってくれた。ありがと、ありがと」
「もう突然で参りましたよ。前もって言ってくれたら」
「そんなことしたら、準備して話が長くなろうが」

P1050409 何という論理。松尾の親父、ネットで仕返しじゃ。

鬼の目にも涙。
とってもいい結婚式でしたよ。お疲れ様でした。お幸せに。

国労九州本部大会→熊本市

9月2日、午前は、博多パークホテルで開催された国労九州本部の第22回定期大会に出席する。
朝食は新幹線の中でパンと野菜ジュース。最近、このパターンが多い。

国労は結成から50年がたった。1047名のJR不採用事件から20年目を迎え、政治解決へ向けて全力をあげている。闘争団の平均年齢は52歳。志半ばで死去した組合員は34人にのぼる。

P1050371昨年9月の鉄建公団訴訴訟東京地裁判決は、国労、全労働を意識的に排除した不当労働行為があったことを認めた。ILOは差別採用事件を政府の責任で解決することを6回も勧告した。

分割・民営化の当時、最高責任者で最高権力者だった中曽根首相は、最近テレビや雑誌のインタビューで「国労をつぶつために、意識して分割民営化をやった」と堂々と述べている。

「動かぬ証拠として突きつけ、積年の恨みと怒りをもって解決へ迫ってゆきましょう」。党を代表して激励のあいさつ。

ブロック事務所に寄って、沖縄いっせい地方選の資料を受け取る。すぐに博多駅へ引き返して特急リレーつばめに飛び乗る。
昼食は駅で買った中華弁当。お茶はテレビCMで有名なウーロン茶。「脂肪の吸収を抑える特定保健用食品」――こういうのにからきし弱い。

P1050380 午後2時、熊本県委員会総会であいさつ。その後、民医連神水病院の後援会で情勢報告。夕方から、松岡徹県議、益田牧子市議、上野美恵子市議とともに街頭宣伝。

P1050391 じっと演説を聞く人、拍手を送る人、がんばれーと声をかけてゆく人・・・わずか2回の演説だったが、以前とは違う反応がある。

P1050395 夜は、渡鹿(とろく)支部主催の報告会。松岡県議、上野市議の報告に続いて、私も30分時間をもらい、しっかりと国政変革と2大選挙支援への訴えをする。

渡鹿は松岡さんの前に県議をつとめられた沢田さんの地元。沢田さんは私のことを「移動の時間に焼酎も温泉を勉強する人」と紹介してくれた。
「田村さん、すぐに帰る? ちょっと一杯やっていかないか」
「すみません。明日は朝一で北九州の労組大会に行かねばならないので・・・」

県委員会選対部長の安達安人さんが駅まで送ってくれた。次の熊本は泊まりの行程で組んでもらうことを要請して、リレーツバメに乗る。

晩飯は熊本駅で買ったファーストフード。気がついたら、今日は.3食とも電車の中だった。

今月の名湯(9月)――古湯温泉(佐賀県)

旧富士町(現佐賀市)の嘉瀬川沿いにたたずむ古湯(ふるゆ)温泉。寛政3(1791)年にツルが痛めた足を癒しているのを見た村人が、掘り起こしたと言われる。

060814_1 15軒ほどの旅館と共同浴場の「古湯温泉センター」がある。安いので「古湯温泉センター」へ。

アルカリ性単純温泉。わずかにぬるっとする。34.4℃(英竜泉)と43.6℃(徐福泉)の2つの源泉。従って浴槽は2つに区切られている。英竜泉がうたた寝の湯と言われ、とても心地いい。思わず寝入ってしまう。

入浴料は300円。観光と地元の人で大入り満員だった。

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