「民主に入れる。2票とも」
熊本(9日)と宮崎(10日)の活動は、赤旗西部総局の竹原東吾記者が同行した。竹原記者は、私が演説しているときに、街の声を拾うのだが、予想どおりというか、それ以上に民主党への風が強いことがよくわかった。
「民主党で変わらないことはわかっている。でも民主党に入れる」
「日本人の生活に密着した、堂々たる政党だ。でも共産党という名前はソ連をイメージする。共産党には入れられない。2票とも民主党に入れる」
「自民党はもうだめ。一度民主党にやらせてみたい」
「雇用とか社会保障は正論で、共産党はいいことを言っている。でも投票は民主に入れる」
―衆院選は2票ありますが。
「選挙区も比例も民主党」
―どうしてですか?
「どうしてもってことはないけれど・・・」
「自民党政権を終わらせたい→よりましで民主」の大きな“塊”が街中に存在している。うーっ。竹原記者の取材報告に思わず唸ってしまった。
東京都議選が終わった。“政権交代を東京から”――わが党の基礎票にまでも侵食するかのような“塊”。都政のあり方や都民要求を、争点から退けた結果にまた唸る。
民主党への脅威はさほどないが、“二大政党づくり”の手強さを強烈に感じる。
かといって、民主党は熱狂的な支持で支えられているわけでない。同時に、共産党の政策や日常活動には、確かな共感があるのも事実。「雇用でがんばっていますね」とか「スジをとおしているから好き」など、雰囲気や反応もいい。
共産党への共感や関心を、投票にまだ結びつけられていない。対話と支持拡大の到達が“塊” の大きさに表われている。
わが党が政党選択の選択肢に入るためには、いっそうの力の発揮が必要。そして、これからの訴え方に格段の工夫が必要と考える。
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コメント
東京都議会選挙共産党の伸びを期待していただけにがっかり。
でも、マスコミが作り出す二大政党しか、選択肢が無いような世論作りには、反撃しなくちゃ。
長年の自公政権を終わらせたいの言う人々の気持ちも当然ですね。その気持ちを分かった上で、もう一つの選択の大切さを訴えていく必要がありますね。
多数が正しいとは限りません。多数決は、正しいか間違っているかではなく、当面の行動を決めるためのものです。遠足で山に行くか海に行くかは、正しいか間違っているかではありません。
しばしば、少数が正しいことがあります。
ガリレオも、コペルニクスも、ダーウインも、そして、マルクスも最初は少数と言うより、ひとりだったかもしれません。
学校のいじめもいじめている多数が正しいわけではありません。ほかとは違う人をいじめるのは間違っています。他と違うことが貴重な存在であり、あるいは、違うことが世の進歩や発明で、多数を幸せにしたりしている事もあるのですね。人類を救っているかもしれません。
投稿: 高橋 毅 | 2009年7月13日 (月) 21時19分