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    移動が仕事。乗り物に乗るのが仕事。各地で出会った九州・沖縄の乗り物をご紹介します。

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2010年12月

新パソコン導入② これは仕事がはかどるぞ

新しいマシンは、HP社の 「Pavilion Desktop PC HPE-360jp」。

P1150273_2 カスタマー仕様ならメーカーはどこでもよかったが、スペックを各社で比較したらHPが安かった。CPU がAMD Phenom II X6 6コア・プロセッサ 1045T (2.7GHz)。AMD…聞いたことない。パソコンに強い三牧さんが「大丈夫。6コアあったら、相当早いですよ」と背中を押してくれた。

Windows7 Professional 64bit /メモリー 4GB /HD 500GB。三牧氏のアドバイスで余裕のメモリを組んだ。64bitにするとこれまで使っていたソフトが組み込めない場合があるとのことだが、まあいいや。

P1150278 堂々としたフォルム。モニターは複数のウィンドウを開けて作業することから、思い切って23インチにした。でかい。机の幅をほぼパソコンが独占した。

静音。アプリの作業も早い。インターネットもサクサク。10ぐらいのタブが瞬時に開く。待ってました。これは仕事がはかどるぞ。

スペックは8年前と比べ物にならないほど高度なものになったが、価格は半分以下に抑えられた。

旧パソコンはネットワークでつないでサブマシンとして使うこととした。
さあ、はじめてのWindows7。じっくり楽しむこととしよう。

食欲全くなし。風邪か? 

昨夜帰宅途中に気分が悪くなった。
悪寒が少し。体がだるい。熱もでてきたようだ。そしてまったく食欲がわかない。どうしたことか。

熱があってもメシは欠かしたことがない。時として「酒は百薬の長」と、焼酎をひっかけて風邪を撃退してきた。それが、まったく食べたくも飲みたくもない。
忘年会などで暴飲暴食したわけでもないのに。

食べるものを考えたら胃のあたりがしくしくする。
仕方なく、お茶を少し飲んですぐに床に就く。しかし1時間たっても手足が温まらない。寝付けない。

朝になって熱は下がっていたが、とにかく体がだるい。腰が痛い。
事務所に連絡して仕事は休むこととした。バナナを食べて葛根湯を飲む。

結局、日が暮れるまで布団の中にいた。寝ては覚め、本を読んでは寝ての繰り返し。ようやく気分がよくなった。夜になってやっとお粥を口にすることができた。ああ、胃袋にしみわたる。

一日以上、ほとんど何も食べなかった。結果としてプチ断食となったが、不思議に気持ちがいい。明日は治っているだろう。風邪なのか何なのか、よくわからないが。

新パソコン導入① 8年目の相棒はそろそろ限界

事務所で使っているパソコンは、2003年に買ったDELL社の「Dimension 8300」。8年目の使用となる。購入時のスペックは、インテル(R) Pentium (R)4 プロセッサ 2.80C GHz/メモリ 512MB/HD 120GB。

P1150266 不必要な機能やソフトはいらないので、スペックはこちらが指定し、米国工場へネットで直接発注した。それでも価格は総額で20万円を超えた。

この8年の間に、Media Center EditionだったOSをProfessionalに上げて、メモリも追加。昨年ブロック事務所に引っ越しする時には、リカバリーを行い、ビデオキャプチャーも取り換えた。

しかし、限界にきた。パワーアップさせてなんとかがんばってきたが、作業効率が悪い。とにかく処理が遅すぎる。事務所のインターネットは光回線を使用しているが、私のマシンだけが“鈍行”である。

フラッシュを多用するサイトが全盛で、写真や動画の容量も上がる一方だ。パワーポイントで数百のスライドを編集するときなどは大変。私はいろいろなソフトを開けて仕事をする方なので、メモリ不足ゆえ大事なファイルを更新できない悲劇も多々味わってきた。

しょうがない。新しいパソコンを導入することにした。

沖縄北部でやっと入党者

12月24日、引き続き沖縄北部地区で活動。

業者の同志とともに、農業を営む青年に入党のお誘い。「TPPに日本を参加させないために共産党がどうしても強くならなければ。一緒に日本と沖縄の農業を守ろう」

30歳をすぎたばかりの青年は、二つ返事で決意してくれた。うれしい。はるばる沖縄に来た甲斐があった。

宮古から北部地区へ

12月23日、宮古島から沖縄本島・名護市へ。

北部地区委員会で具志堅徹市議とう打ち合わせ。対象者を出して、今日明日の行動を決める。

夜に大宜味村の支部会議。山の中にあるハウスに向かう。静まり返ったやんばるの森はおごそかな雰囲気。満天に透きとおる星空。こんなにたくさんの星の輝きを見たことがない。

対象者が次々に上がって6人に達した。誰と誰がどう当たるのか、みっちり2時間話し合った。

「田村さん、名護の民商会館で見たスライドが印象に残っています」「来てくれてありがとう。こういう機会がないと、なかなか党員拡大に踏み出せないから」

少しは役に立ったようで。

宮古島で党を知るつどい

12月22日、沖縄・宮古島へ。

党中央の要請で、今日から3日間沖縄に入る。任務は党員拡大の援助。

まずは、宮古島で党を知る集い。上里樹市議と党支部が対象者を5~6人誘ってにぎやかな懇談会となった。
「電気紙芝居」を用いて情勢を語り、共産党の活動を紹介。

P1150188 「この美しい島に魅せられて宮古島に移住した。下地島に米軍も自衛隊もいらいない」「海ぶどうの養殖とサトウキビを作っている。TPPが気かがりだ」「高齢者と子どもの医療のことが心配」―切実な声が出された。

先日、米第7艦隊音楽隊が来島して演奏会をしたときに、海兵隊が輸送機に同乗していたことが、上里さんの監視で明らかになった。基地のない島での“米軍慣らし”は確実に進んでいる。

Photo全員が入党を前向きに考えるとのことだった。
ありがたい。



 

大ちゃんの散歩

P1150039 やったー娑婆だ♪ いくぜ。





P1150055 くんくん・・・





P1150059 隣は何をする人ぞ。





P1150048_2 寒ぅ~。やっぱ帰ろ。

宮崎3か所で「電気紙芝居」

12月19日、引き続き宮崎で活動。

3ヶ所で集い。「電気紙芝居」を使って、党と情勢を語り、知事候補への支援を訴える。

1 ①中部地区委員会経営支部会議
松本地区委員長から「昨夜の個人演説会に参加できなかった党員に語って」との依頼。法定ビラの配布で集まった同志に訴える。

②フェニックスの会(学者文化人の会後援会)
「田村貴昭さんを迎えて日本の未来を語り合うつどい」わざわざ看板まで用意されていて恐縮する。
P1150161Dscn5799





宮崎県の企業立地と雇用状況、議員定数削減問題、安保と米軍基地、地球温暖化、共産党への注文(宣伝上手になれ等)・・・懇談の話題は尽きない。予定の2時間があっという間に過ぎた。

「宮崎でも国保をよくする会を立ち上げようと思います。福岡の経験は?」
「市民署名の力はすごいものがあります。保険税引き下げなど、何らかの形で行政を突き動かします。がんばってください」


③月見ヶ丘後援会
いろんな話題で盛り上がる。宮崎の農漁業やインフラ整備のこと、宮崎は自殺者が多いこと、東国原知事の功罪、米軍基地、諫早湾干拓などなど・・・

Dsc_0076t「東国原知事がいなくなったら、観光物産館などに来る観光客は減るだろうね

「宮崎を有名にしたが、実は自分のための4年間だった、という評価もある」

“台風知事”が去った後、暮らしも経営もさしてよくならなかった県政を、宮崎県民はどう振り返るだろうか。



宮崎県知事選の応援に

12月18日、長崎から宮崎へ。

宮崎県委員長が立候補している知事選の応援に入る。
政党車乗って街頭演説。手振りが多い。なかなかの反応だ。

Dscn5792 夜は個人演説会。主催者からの依頼で、「電気紙芝居」を上映。選挙をとりまく情勢と党の果たしている役割を語る。知事選公約を他の候補と対比させて支援を呼びかけた。

「ところであの知事さんは、口蹄疫問題も解決していないのにどうしたんでしょう。都知事選に意欲? 名前のとおり、そのまんま東の方に行ってしまうのでしょうかね」(笑)


堀江ひとみ県議事務所びらき

12月17日、長崎へ。

堀江ひとみ県議の事務所びらき。早々と2期目の再選をめざして砦を構えた。激励のあいさつに伺う。

P1000013_3 潮受堤防の開門は反対、長崎新幹線の推進―オール与党議会のもとで堀江さんは孤軍奮闘だが、保守会派や執行部にも理解を得られる活動を貫きてきた。

市議時代から取り組んできた子ども医療費の拡充では、現物給付をとうとう実現させた。

12月議会本会議の議事録を見て驚いた。一問一答式だ。提案してかちとったという。理路整然、言葉にムダがない。往復30分の制約された時間の中で、TPP、諫干、県行政への女性の登用、住宅リフォーム制度を見事に取り上げた。質問、登壇の機会も努力で増やし、今議会は8回も発言すると言う。いや、すごい。

P1000007_2 まさに宝の議席。長崎市議選をたたかう4候補も紹介された。勝利必ず。

芋焼酎「井久保」 こだわりの原料

芋焼酎「井久保」(25度)  大手門酒造 宮崎県日南市
(2009年3月拝飲)


原料にこだわった逸品。種子島産の完全無農薬の芋、米麹は宮崎県産コシヒカリの米麹を100%使用とある。だからうまいんだという味覚は持ち合わせていないが、口に含んだ瞬間、柔らかい芋の香りと甘さが広がる。

P1070264料理の味を引き立てる食中酒として、ぜひおすすめしたすい。焼酎好きも初心者も問題なく満足させる酒。720ミリリットル瓶が2本あったが、早々と飲み干してしまった

今夜の惣菜――ブリ大根、マカロニサラダ、かぶのぬか漬け



上告断念! 有明海がよみがえるぞ

菅総理が上告断念。やったー! 

諫早湾の水門が長期的に開く。これで有明のタイラギが食えるぞ。はからずもこのニュースを聞いた時に、頭の中にまるまる太った貝柱が浮かんだ。食い意地が先に立ったが、これから宝の海がもどってくるのだ。このファーストインプレッションは正しい。バンザーイ!

P1150138 朝日新聞が今朝一面トップで抜いて、「本当だろうか」と長崎の山下県委員長から電話が入る。
「開門するが、上告もするんじゃないですか」と私。あの農水省がプライドを捨てきるものか。たかをくくっていた。ところが・・・

事務所に着いたら、佐賀の武藤県議かからメールが入る。「上告断念で知事が緊急記者会見するそうよ」
時事通信のネット速報で「上告断念」が流れた。うわ、本当じゃ。

P1150118お昼前のニュースで各社が報道。菅総理「高裁判決は重い」。

独自取材で高裁判決後の報道をリードしてきた朝日だが、
記事は正確であった。
菅さん、総理大臣になってはじめていいことしたね。

仁比さんからが弾んだ声で電話がかかってきた。「農水省前でもうすぐ歓迎集会。正義は勝つ。世論の力の勝利ですよ。漁業も農業も守る立場でこれからの開門協議会の在り方が大変大事になってきます」。見事なコメント。

有明海沿岸の漁師のみなさん、原告・弁護団のみなさん、本当におめでとうございます。まずはともあれ、お疲れ様でした。バンザーイ。

芋焼酎「紅一粋」 沖縄産の焼酎!

芋焼酎「紅一粋(べにいっすい)」 ヘリオス酒造株式会社 沖縄県名護市。
(2009年10月拝飲)

沖縄
県委員会の安里嗣頼さんからお土産にいただいた酒。
「え、焼酎? 泡盛でなくて?」
「珍しいでしょ。沖縄初の芋焼酎です」


原料は酒名のとおり紅芋。八重瀬町の農家と契約栽培している。珊瑚由来のミネラル分が豊富な土壌で、紅芋栽培に適しているという。

P1160068さとうきびの生産地でありながら、沖縄では酒税法により黒糖焼酎は製造できない。「酒はその土地で穫れる作物で造る」。創業者の精神を引き継ぎ2008年に完成を迎えた。泡盛王国にあって芋焼酎とはなかなかの挑戦である。

、香りともに鹿児島の本格焼酎に負けていない。黒麹ならではコクのある飲み越ごし。沖縄の気候下でもぜひ味わいたい。

飲み比べは、紫芋を原料とする「赤霧島」。こちらはこちらで芳醇にしてまろやか。いや、焼酎は奥が深い。

今夜の惣菜――豚と野菜、キノコの中華風炒め、キュウリとナスのぬか漬け。

米焼酎「ノーモアミナマタ」

米焼酎「ノーモアミナマタ」
(2008年10月拝飲)

労働組合や市民団体などが、財政活動の一環で物販を行うのは今も昔も変わらない。最近は企業とのタイアップでしゃれた物品もよく目にする。


一昨年の8月24日、水俣病の早期解決をめざしての現地調査総決起集会がもたれた。会場ロビーで売られていたのがこの焼酎である。

P1030867 自宅で、水俣と出会った人のことを思い出しながら飲んだ。ある日はロックで、別の日はお湯割りで・・・飲むたびに一瞬でも思い起こすから、商品への「ラベル化」は効果があるなと、買った側が思うのだから、まちがいない。

写真を撮ったのだから、うまかったのだろう。しかし、書き置きがなく、味の記憶は、酔いとともにどこかへ行ってしまった。瓶もいつのまにかなくなったので、どこの酒造メーカーかもわからない。

こんなことも、たまにはある。

今夜の惣菜――鮭のホイル焼き、マカロニサラダ


芋焼酎「八千代伝」 ビビッときた酒

芋焼酎「八千代伝」(25度) 八千代伝酒造株式会社 鹿児島県垂水市
(2010年5月拝飲)

同社が2004年、30年ぶりに焼酎製造を復活させた代表銘柄。カーナビに出ない秘境の焼酎蔵、猿ヶ城蒸留所では、全ての焼酎が甕壺で作られている。
蔵で陣頭指揮をとる黒瀬杜氏の吉行正巳さんは、昨年「現代の名工」に選ばれたとのこと。

P1030576 八千代伝は元鹿児島県委員長、祝迫光治さんイチ押しの焼酎。鹿児島で祝迫さんと竹原よしこさんに勧めらて飲んだところ、ビビッときた。「これは生でいただきましょう」。

少しフルーティーな香り。25度のアルコールを感じさせない、なんと落ち着いた味だこと。甘さと辛さ(ドライ)が絶妙のバランスを保ち、アフターフレーバーも鼻腔に心地よく抜ける。とても印象に残る酒である。毎日でも飲みたい。


今夜の惣菜――たことわかめの酢の物、ゴーヤチャンプル

芋焼酎「五島芋」 五島初の焼酎

芋焼酎「五島芋」(25度)  五島列島酒造 長崎県五島市
(2009年7月拝飲)


長崎の飲んべえさんから、「試してみて」と送られてきた。
五島列島酒造は、五島市三井楽町の農漁業が中心となって2006年2月に設立。五島初の焼酎を2009年7月に出荷した。新参メーカーの新酒だ。「五島麦」もある。

P1140078島内のヒノヒカリ、サツマイモを使用。原料、製造ともにふるさとにこだわったところがいい。口当たりはまろやか。芋焼酎が苦手な人でも大丈夫だろう。

これで五島の魚をあてに飲んだらうまいだろうな。たくさん売れて、五島の活性化につながることを願う。



今夜の惣菜――うなぎの白焼き、ハムとおくらのソテー、ニラの卵とじ

ごふさた焼酎

――長い間、焼酎の話題がないが、禁酒でもしているのか。
いいえ、とんでもありませんcoldsweats01焼酎楽しんでいます。

――じゃあ、どうしたのか。
はい、ここ一年ほど、ダイエットと体力増進に取り組みました。夜にトレーニングに通ったために、帰宅時はフラフラでbearing焼酎を紹介する体力も気力もありませんでした。調理して器に盛って写真を撮ったりするのは、結構気を使うもので。

――なるほど。しかし、酒ネタがないと寂しいぞ。
すみません。反省しています。トレーニングの方は順調なのでconfidentまた焼酎や温泉記事も書いてゆきます。

ということで、埋もれていた焼酎ネタからアップします。

Dsc00408 福岡市西陣の居酒屋の店先に並べてあった焼酎瓶たち。「飲んで」「注文して」と言っているようで、なんか可愛い。

全品米粉のパン工房

P1150022 TPPシンポの帰りにJAの店で産直野菜を買った。同じ敷地内に目を引く店があた。

「米粉パン工房 穂の香」。お客でにぎわっている。

「全品米粉ですか」
「はい、そうです。宗像産の米粉を100%使っています」
  P1150024P1150026 







驚いた。米の消費量拡大に米粉に光があたり、米粉パンが市場出回りだしたのはここ数年。小麦のパンではおなじみのあれもこれも、全て米粉でつくったとは大変な技術力だ。JAむなかた、やるねぇ。

P1150029 カレーパンと黒ごまクロワッサンを買って食べてみた。カレーパンの生地はもちもちして、とてもおいしい。クロワッサンの方はさっくり。小麦と遜色ない。
こうしたお店が各地にできるとできるといいな。

宗像でTPPシンポ

12月11日、宗像市へ。

P1150014福岡県委員会と宗粕地区の共催でTPPシンポジウムが開催された。JAむなかたの寺島俊基組合長がパネリストとして出演。はじめて共産党の行事に参加いただいた。

寺島さんとはとは以前、JAの事務所でと懇談する機会があったが、農業と農家への愛情は人一倍。気骨で日本の農業再生にかける頼もしい組合長さんだ。

P1150021
○菅総理が千葉で水耕栽培のトマトを食べて「うまい」と述べていたが、うまいわけがない(爆笑)。トマトというのは日の光を浴びて、ぎりぎりの水分で・・・(拍手)
○輸入農産物を入れて、農家に補助金を出す。宗像に組合員が3000人いるが、このままでは“土地持ち非農家”になってしまう。労働の生産性に喜びを見いだすのが農民だ。

○エネルギー、防衛、教育とともに、独立国家なら農業も国がしっかり支えなくてはならない。外国にきちんとものが言えなければならない。
○農業は、自然環境を守り、安心安全な食料を安定供給する使命がある。安価を求めればいいというものではない。農業は生命産業だ。

含蓄のある言葉が次から次に飛び出す。パネリストの藤島厚子(若宮農民連)さんが「うちのJAの会長さんになってもらいたい」と会場の笑いを誘った。


P1150012 党中央からは農漁民局次長の有坂哲夫さんが基調報告。アメリカ国内でも自由貿易に反対の声が高まっていること、ヨーロッパでもアメリカでも手厚い輸出補助金を出していていることを学んだ。

農産物の価格は途上国と比較して日本は「高い」となるが、これからは労賃が引き上げや、気候変動・世界的干ばつなどによって、安価・安定の輸入は期待できない--その通りだろう。

タイムリーで、大変有意義なシンポジウムだった。

民商婦人部学習会で語る

11月17日、福商連婦人部で学習会。
婦人部北九州ブロックの要請で学習会の講師をつとめる。戸畑の生涯学習会館で1時間「電気紙芝居」を使って情勢を語る。

Simg_0367語っていて、政権交代とは何だったのだろうかとつくづく思う。普天間、尖閣、千島・・・モノ言えぬ外交。生活者が主役と言いながら楽にならない生活。一方で財界だけには耳を傾け法人税だけは下げる。そして、政治とカネ=小沢氏問題ではまったく自浄能力を発揮できず、党内抗争に明け暮れる毎日・・・

あの事業仕分けも自公政治と変わらぬ政治へのカムフラージュと思ったら、納得が行く。
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P1010113s所得税法56条撤廃や、住宅リフォーム助成で民商と共産党の取り組みにつていて紹介。56条の問題は、大門参院議員の質問が勉強になった。

「世論は確実に高まっています。実現する日は必ず来ます。頑張ってゆきましょう」

汁は市販ものも活用して 快適♪弁当ライフ⑦

三日坊主と思いきや、弁当ライフは不思議なことに続いている。
11月はほとんど出張で外食つづきだったこともあって、家メシ、家呑み、弁当がうれしい。

昨晩の残り物を中心にしたメニュー。レンジ&冷蔵庫&汁ものコンテナ活用のパターンも定着した。


P1140130
薄味の汁ものには、ゆず胡椒がとても合う。
(豚肉と小松菜の汁、ひじきのいり卵、じゃかいも炒め、ウインナー、スパゲティサラダ、トマト)

P1140135_2
うまいんだよなぁ、スープはるさめ。低カロリーでおなかも大満足。
(スープはるさめ〔市販〕、鶏のから揚げ、ブリの照り焼き、ひじきのいり卵、大根とホタテのサラダ、トマト)

P1140148たんぱく質が足りないときは、魚肉ソーセージ。
(かぶ菜としいたけの味噌汁、おでん、魚肉ソーセージ、オクラのごま和え〔市販〕)


P1140163
昨夜はちょっと飲みすぎたかな、という時はしじみとわかめのスープ。オルニチンたっぷりの汁が体に溶け込む。
(しじみのスープ〔市販〕、水菜と牛肉のサラダ、トマト、しらすおろし、じゃがいもとハムのカレー炒め、だし巻き卵、小松菜としめじの炊いたん)

有明控訴審勝訴! 一気に開門へもっていこう 

12月6日、福岡高等裁判所へ。

今日は、よみがえれ!有明海訴訟の控訴審判決が言い渡される日。
その前に、13時半からのもう一つの判決があった。諫早干拓営農への公金差し止めを求める控訴審は、現原告の訴えが棄却となった。

少し重い空気が流れる中、14時半からの裁判の傍聴に支援する会の仲間とともに並ぶ。「佐賀地裁判決を覆すことはないだろう」「控訴したのは国だから、今度は棄却してほしいね」。佐賀や長崎から来た人たちとドキドキしながら入廷を待った。

「棄却する」。古賀寛裁判長は、5年間の常時開門を国に命じた一審・佐賀地裁判決を支持した。「勝訴」の幕をもった弁護士が外へ出るタイミングを見計らっている。やった、勝った!

P1140183勝利報告する馬奈木弁護団長。
「国や長崎県はアセスを口実に開門引き延ばし、サボタージュするなどの姑息な手段を用いるかもしれない。営農の被害を防止する代替措置はとられていると、裁判所も認めている。ただちに開門をたたかいとる決意でがんばりぬく」と、顔を引き締めた。
(右は弁護団の一員でもある仁比そうへいさん)

P1140215 弁護士会館での勝利報告集会。漁民の皆さんが次々にお礼と決意表明。「はじめて家に威張って帰れる」(笑)。万歳も飛び出した。

歴史は開門にぐっと近づいた。「民主党が政権取ったら開ける」と言った菅首相がよもやその言葉を翻すことはなかろう。と言いたいところだが、全く予断も期待もできないところが、今の民主党政権である。。

弁護団と漁民は、夕方の飛行機に乗り込んで農水省へと向かった。たたかいはいよいよこれからである。正義と努力は必ず報われる。反転攻勢への確信が自分の中でも整った歴史的な一日だった。

原博道さんとの思い出②

3521397年、北九州市議選で10人の市議団確立。小倉南区で初の複数議席を得て、小倉地区は市議4人に。
99年、県議選で小倉北区に加えて小倉南区で初議席を得る。
小倉地区委員会は、県議2人、市議4人を抱える最高の到達を築いた。

この時、市議会塔横で小倉城をバックに記念写真を撮った。みんな最高に輝いていた。
原さんは、いつも党建設の先頭に立って、私たちにいい刺激を与え、原則的な党活動の範を示してくれた。

大連で生まれ、中国大陸で幼少期を過ごした原さん。温厚で大らか。泰然自若とした性格に周りは「原大人」と呼んだ。選挙なんかで敗北を喫しても微動だにしない綱領的確信。いやすごかった。

原議員がいたから、みんな団結して頑張れたと今にして思う。
いつまでも空の上から見守っていてください。

ありがとう原さん。お疲れ様でした。

原博道さんとの思い出①

Photo_2 原博道さんが昨日亡くなった。今日は通夜が営まれた。

北九州市議を20年つとめ、やっと日中友好のライフワークにいそしむその矢先に病魔に襲われた。

胆管ガン、感染症、糖尿、脳梗塞・・・満身創痍の闘病生活は半年以上続いたが、とうとう力尽きた。72歳、あまりに早すぎる。

病床で意識を回復することはなかったが、見舞いに行ったときに「田村です。また飲みに行きまょうよ」と耳元で声をかけたら、手を握り返してくれた。

原さんは北九大の先輩でもあり、学生の時からかわいがってもらった。大学祭のカンパ集めで第一法律事務所に行ったら、にこにこ笑って応対してくれたのが原事務局長だった。

大学4年の時に市議選があり、私は小倉南区の選挙専従となった。学生の私が、なんと選挙実務の届け出を任された。説明会に小倉北区の選対から来ていたのが原さんだった。いろいろ教えてもらった。

「私は党から派遣されたと自覚している。専従と同じ思いで活動している」。原さんにとても元気づけられた。

三浦久さんととともに事務所を第一法律を平和と民主主義の砦として大きく育て、三浦さんを衆議院に押し上げた。この功績は大きい。

P1000008 89年に原さんは市議に転身。この時は選挙は厳しかったが、あらゆる限りのことをして勝利した。97年から私も小倉北区で原さんとともに市議の活動についた。
よく語り、よく酒を飲んだ。

おごってもらった何分の一も、お返しができなかった・・・残念でならない。

「はいはい、原です」。
原さんの声を忘れることはないだろう。

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