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    移動が仕事。乗り物に乗るのが仕事。各地で出会った九州・沖縄の乗り物をご紹介します。

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2011年5月

ホークス強すぎる!

5月29日、福岡医労連の仲間に誘われて、ホークス・ベイスターズ戦をヤフードームで観戦する。

P1190734台風の影響で外は強い雨風。屋根付き球場が博多・天神からすぐに行ける環境につくづく感謝。

試合開始。いきなり内川の二塁打で先制。松田が走者一掃の三塁打を放ち一挙4得点。初回で勝負を決めてしまった。

P1190742ほんとホークスは強いなぁ。交流戦負けなし。happy01投打ともに抜群の安定感。群を抜いている。それにひきかえ阪神のなさけないこと・・・crying

宣伝戦略にたけるソフトバンクは、球団経営ももうまい。こりゃあ、さらに人気を呼ぶよ。

P1190739 誘ってくれた医労連事務局長の滝川さん。雨が降ろうが雪が降ろうが、早朝ランニングを欠かさないスポーツマン。
医労連出身の門馬さんは現在県労連の事務局長。野球もするが、解説にも定評がある。

二人とも北九大の出身。頼りになるわが先輩は活動も遊びもバリバリこなす。

明けても暮れても原発・・・

震災ボランティアに行ったので、「報告をしてくれ」とあちこちから誘いがきている。被災地のリアルな現状や、共産党が被災者支援にそれこそ全力を挙げて奮闘してる様子を伝えてゆくのは、行った者のつとめである。

たくさんの写真を整理してスライド作っていると、主催者から電話がかかってきた。「原発の話もしてほしい。学習会するから」。

1 うーん、知事選では原発のことは本当によく訴えたが、体系的に学習会の講師となると構えてしまう。
さらに注文がついた。「核分裂の仕組みから話してほしい」。
こりゃ困った。勉強しなくては。

原発や放射能のビギナー本を読んでは、スライドづくり。これが数日続いた。

2 まとまった話をしたのは、28日の八幡戸畑遠賀地区委員会の学習会からである。110人の盛会。原発に一家言ある方がそろっている。
最初に断った。「私は専門的な質問には答えられませんのでご容赦を」(笑)

3 参加者も心得ていて、私の報告を補足し、また専門的な知見を紹介してくれたりしてもらった。
原発から撤退し、自然エネルギーをすすめるためにどう運動をすすめてゆくか―建設的な意見も多数出された。

4 参加者の思いやりに感謝。1時間強の報告を終えた後は、汗びっしょりだった。

知事選つながりの仲間が仲間をさそって集い

福岡県知事選挙のその後――
出会いと交流の輪が広がっている。選挙で奮闘してくれたアナウンサーが友達を呼び、その友達が友達を誘う中で仲間が増えた。県民の会のスタッフも加わって「引き続き田村を応援してゆこう」とのことに。

P1190721 さっそく具体化された。5月22日、福岡市のカフェを貸し切って、「田村さんの東日本大震災救援活動のお話を聞く会」。私は、いっさい企画にタッチしなかったが、立派な催しとなった。

スライドを使って被災地現状と原発の問題を語る。真剣に聞いてもらい、原発問題ではホットな議論に。

「プロジェクターにつないでいいですか」。
iPadを持参した参加者が飛び込みのプレゼン。原発の危険性とまやかしを解説してくれた。

「田村さんは共産党だから、原発に反対するのは当然なんです」
「そうそう。原発から自然エネルギーへ、行政や議会を動かしてゆくため、自らできるところから行動しよう」

P5220510 友達の友達のまた友達が参加。「お店で今日の集まりのことを聞いて来ました」という人も。はじめてお会いする人がたくさん。この出会いを大切にしなければ。

一番多く耳にしたのは、「はじめて共産党の人に投票したのがあの知事選でした」。ああ、あの選挙をやってよかった、立候補してよかったと思う。


感想文用紙にびっしりコメントが寄せられた。
「次はどこで何をやろうか」。主催者は早くもやる気満々だ。この思いに精一杯応えてゆきたい。
 

応援団の数では負けていなかったが…阪神勝てず残念

P11906575月20日、ヤフードームスタジアムで野球観戦の機会を得た。ソフトバンクVS阪神の交流戦だ。

タイガース戦は客の入りが違うという。なるほど縦縞コスチュームのファンは、天神のバス乗り場から結構いる。かくいう私は隠れ阪神ファン。“
同志”の多さに胸をなで下ろす。

P1190658 3塁側応援団席はアウェーながら黄色でぎっしり。統制のとれたコンバットマーチがドームに響く。

山田と能美の投手戦と思いきや、6回ホークス打線につかまった。あれよあれよという間に4対0で、山田にプロ初完封を許した。
パ首位とセ5位の違いを見せつけられた。一点欲しかったなぁ。残念。
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P1190656ホークス応援団の最前列で試合中ずっと白い6旗が振られていた。「がんばろう」と東日本6県の名前。こういうメッセージの発し方もあるのだ。いいぞ、ホークス応援団。

 

博多駅前で救援募金を訴える

5月20日、博多駅前で福岡県委員会の宣伝行動。被災地に行ったので「報告を兼ねて訴えてほしいと」呼ばれた。被災の写真をパネルにして参加した。

P1190639 岩手、宮城、福島3県の被災総額は13兆8970億円と発表されている。これに対して日本赤十字社に寄せられた募金は1873億円(5/13現在)。
「まだまだ復興と被災者支援にお金が足りません。どうかご協力を」

長い避難生活のためにストレスがたまり亡くなった方が3県で527人にものぼる。いまだにおにぎり、パンのみの食事とか、野菜なしの弁当とか聞くと、本当につらい。
なぜ食事ぐらい改善できないのか。

共産党の主張―「一人ひとりの生活となりわいを再建する」が何よりも急がれる。

何にもせん県、福岡県。九電とは一言も交わしていなかった!

福岡革新懇の行動。九電に次いで福岡県とも交渉する。
正直言って、ここまでお粗末とは思わなかった。

「私たちは、いま九電から3.11以降の取り組みについて聞いてきたが、県はいつ説明を受けたのか」
「受けていない」
「説明を求めないのか」
「求めていない」
「なぜか」
「・・・」
「原発のことで九電に行ったり、電話で話したりしているのか」
「していない」
「3.11以降もか」
「はい」

「玄海原発で事故があったら、通報はどこから来るのか」
「九電本社からだ」
「例えば糸島市へは」
「原発-九電本社-県-糸島の順で連絡がいく」
「手段は」
「電話とFAXだ」
「玄界原発と県庁との間にホットラインを設けよ」

「これまで何をしてきたのか」
「消防防災課内に原発の専門職員を4人配置した」
「県としての対応は」
「立地県を中心に情報収集にあたっている」
「九電には説明も求めないで、情報収集とはボタンをかけ間違っている」

「国には何か要望したのか」
「していない」

「立地県」をことさら強調する担当者。知事の記者会見でも「立地県と関係市町村で議論が始まっている」とした。
玄海原発から最短で18キロのところ(糸島市)に福岡県民が暮らしているのだ。もっと危機意識を持つべきでないか。
私は「事故があったら県境はない。自分の県の問題として当たれ」何度も主張した。

福岡県の姿勢のふがいなさに、参加者一同あきれ果てた。やはり九電にはモノ言えぬ県政か。

「プルサーマル発電も安全」。九電の姿勢は相変わらず

5月19日、福岡県革新懇が玄海原子力発電所の問題で九州電力本社と交渉。同席する。

九電の姿勢は3・11以降も変わらない。「原発安全神話」のもとに原発を推進する。30年を超えた原子炉も引き続き使用し、プルサーマル発電についても「ウランと同様安全は確認されている」とした。

福島原発の大事故を受けての緊急安全対策について説明を受ける。

政府は3月30日、電力会社に次の指示をした。
3つの機能(全電源、海水冷却機能、使用済燃料貯蔵プール冷却機能)が津波で失われても、原子炉内の燃料や使用済燃料の損傷を防止し、放射能物質の放出を抑制し、原子炉及び使用済燃料貯蔵プールの冷却ができること。

地震で外部電源、津波で内部電源が途絶えた福島の教訓からすれば、政府の指示をクリアすることなどできはしないのではないか。

Dsc_0365 九電からは、中央制御室等に電気を供給する高圧発電機車を海抜26メートルの地点に配備したとか、佐賀県内3つの変電所(伊万里、背振、唐津)から外部電源を確保するなど、緊急安全対策の説明を受けた。

しかし何を持ってしても、炉心溶融、放射能漏れが絶対に起こらない保障はどこにもない。

現在、玄海2号、3号と川内1号機が点検のために休止している。玄海は佐賀県との調整がずれていて、再開のめどがたっていない。
九電は、夏場のピークに火力発電所の燃料調達ができないことを理由に、突如電力15%の節電を呼びかけた。これは「原発を早く再開させよ」の「脅し」と私はとる。

機内で何度も手を合わされ・・・

過日乗った飛行機でのこと。
隣の窓際に座る女性は、離陸前からなぜか落ち着かない。初めての飛行機なのか、飛行機が怖いのかわからないが、窓に向かって手を合わせている。

客室乗務員がブランケットを持ってきたときも手を合わせた。「ありがとうございます」。信心深い方なのだろう。ドリンクサービスの時も合掌、深々と頭を下げた。

「富士山は見えますか?」「もしかして過ぎてしまったかしら?」。乗務員に聞いている。ははぁ、富士の景色を楽しみにされていたのだ。

「大丈夫ですよ。近くに来たら、アナウンスしますので」と乗務員。女性はまた手を合わせて、「ありがとうございます」。

女性はようやく落ち着いたようだ。ほどなくして窓から富士山が見えだした。富士の雄姿に手を合わせているかと思いきや、なんとこっくりこっくり眠っているではないか。

どうしよう。楽しみにされていたのに・・・。
お節介だが起こすことにした。肩をトントン。「富士山ですよ」。
「あら~、ありがとうございます」。女性は喜び、富士山に手を合わせた。

Dsc_0352 富士山が見えなくなった。それからというもの、手を合わせて拝む相手は、私となった。「ありがとうございます。
ありがとうございます」

「よかったですね。富士山きれいに見えて」

「なんてお礼を言っていいやら。年をとるとだめね。頭は悪くなる。体も悪くなる。顔も悪くなる。3拍子そろってしまって」

女性は饒舌だった。
「私、80歳になるのよ」
えっ? 驚いた。とてもそのお歳には見えない。

それから着陸までの間、女性は私に何度も手を合わせた。「ありがとうございました」「ほんとにありがとうございました」

教祖になったようなフライトであった。

芋焼酎「甕雫」 ビギナーも通もうならせる銘酒

芋焼酎「甕雫」(20度)  京屋酒造有限会社 宮崎県日南市

かめしずくと読む。うまい焼酎の銘柄をあげろと言われれば、私はこの酒をいつも5本の指に入れる。 

原料の芋、米は農薬を使わずに栽培。水も天然水を使用。江戸時代からつづく
(創業天保五年・1834年)かたくなな焼酎へのこだわりは、「自然で環境にやさしい焼酎造り」の今につながっている。同社のホームページでは、製造工程をオープンにしていて、とても好感が持てる。
http://www.kyo-ya.com/


P1150072 伝承の大甕で仕込まれた酒は、陶器に詰められ愛飲家のもとへ。飲み方は柄杓(同梱)ですくってグラスや焼酎カップに注ぐ。

香り、味ともにフルーティ。口に含んだとたん「えっ」と驚く。ライトだが芋の甘みがしっかり感じられ、生で飲んでもアルコールのツンとくる辛さは全くない。


ビギナーも通もうならぜる焼酎。20度だからストレートがおすすめ。パーティで出しても、プレゼントにしても最適。

今夜の惣菜――馬刺、大根と鶏の煮物。

自衛隊風呂はわずか24カ所。さつきまつりで赤嶺議員から聞く

5月15日、福商連総会を終えて、福岡市東区の「さつきまつり」に参加。
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Dsc_0362 県知事選挙のお礼を述べてあいさつ。テントを回ると歓待された。持ち寄りの手料理をいただき、ビールを飲む。綿貫さんが市議会に返り咲いて東区での悲願の議席奪還を果たした。みんなの表情も明るい。空も晴れ渡り気持ちがいい。


Dsc_0359 きょうのまつりは、赤嶺政賢衆院議員が記念講演。
被災者に感謝されている自衛隊風呂だが、2000の避難所に対してわずか24ヶ所だという。赤嶺さんがただしたら「自営隊は災害対策を専門としないから風呂は25しかもたない」と。

ツイッターで発信したら、返信で教えてくれた人がいる。
「野外入浴セットは基本演習等での自衛官用なので持ってる部隊が限られています。師団・旅団で各1個部隊が基本です」。

なるほど。戦闘機より風呂を増やせ。

福商連定期総会であいさつ

5月15日、福商連定期総会に出席してあいさつ。
知事選挙のお礼を述べて、公約実現と県民運動推進の決意を述べる。
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「原発のための電源開発促進税を太陽光発電に回しましょう。吉井英勝衆院議員の試算では、10年間で
1400万戸分、515億キロワット時の電力をでまかなうことができ、それは柏崎刈羽原発(1~7号機)に匹敵するのです。
住宅リフォーム助成制度に太陽光パネルの設置を上乗せしましょう。原発からの転換は、中小業者の仕事おこしに結びつくのです」


「元気の出る話を」の要請。小倉南区後援会総会

5月14日、小倉南区の後援会総会に参加。
県議選で高瀬菜穂子さんをあと一歩(443票差)のところで当選させることができず、残念至極な結果となった。そこで選挙直後から「元気の出る話」の依頼を受けていた。

110514_018 無党派層への接近など県知事選をたたかっての教訓、原発の問題と共産党の果たしている特別の役割、被災地でのボランティア活動報告を混ぜ合わせて語る。
被災地のリアルな写真をプロジェクターで大きく映したのは正解だった。みんな食い入るように視聴。

高瀬さん
は前回よりも票を伸ばして12784票を獲得した。昨年の参院比例票は小倉南区で7509票だったから、本当にがんばったのだ。それだけにがっかり感をぬぐえない。

私が北九州に来た1981年、小倉の議員は市議1人だった。ここ30年間の小倉での議席推移を説明。市議を小倉南北で複数得るまでには到達したが、定数3の県議を安定して獲得するにまだ過渡期にある。

被災者支援と震災復興に懸命に働く現地の共産党議員。もし福岡でも同じ災害が起こったら、私たちは同じことをしただろう。それが立党の精神だから。
だからこそ議員を増やす活動にピリオドはない。

そんな話を40分ばかりした。
「元気出して、小倉南区をまた盛り上げていきましょうや」

復興と支援の先頭に共産党議員。その活動に学ぶ 被災地からの報告⑨ 

Dsc_0348 5月13日、塩釜地区での私の活動は、今日の午前をもってひとまず終了。みんなで食べる朝ご飯も今日が4日目。炊きたてのご飯がうまい。片付けをして、訪問活動に出かける福岡のメンバーを見送る。

九州7県は、これから半年にわたって常駐オルグを派遣し、引き続き塩釜地区を支援してゆくこととなった。そこで、支援活動や支援物資について、地区委員長や議員団から要望をまとめ、九州各県の県委員長に電話で伝える。

Dsc_0310 延期となったいっせい地方選は、8月下旬から始まる予定だ。塩釜地区は、2市6町のすべてに党議員を持ち、2町を除いて選挙をたたかう。

塩釜市議団は5人(定数21)、多賀城市議団は4人(定数22)。議席占有率の高さに驚くが、いずれも定数削減で今度は18になるが、現有議席確保を目指す。
長くつづく復興と生活再建の道のりのなかで、まずは選挙を勝ち抜くことが求められる。

P1190629 議員と塩釜党組織は、幾重にも困難な活動を寸暇を惜しんで懸命に続けている。

多賀城市の佐藤栄子市議はバイクでとびまわっているが、この泥だらけの車輪を見ただけで必死の活動が伝わる。
「2ヶ月で靴を3足つぶしました」。うん、うん、海水と泥の中の支援、そうだろうも。


Dsc_0349被災者に役立つ素晴らしいニュースも週一回作って配られている。いたるところに感心し、学び、自らを振り返った。

震災と復興・支援の教訓を九州沖縄で必ず生かそう。塩釜を後にする。

居住支部と一緒に被災者訪問 被災地からの報告⑧

5月12日、塩釜市で活動。

Dsc_0327 小野絹子市議、居住支部のみなさんと班を作って、被災者や後援会員宅を訪問
する。門司で仕入れたバナナは熟成がピーク。一本ずつ包丁で切って小分けする。

大規模半壊の認定を受けた 店舗の何もかも津波でだめになってしまった花屋さんは、「大規模半壊」の認定に納得いかず、市議と相談しながら交渉して、全壊認定を受けた。

Dsc_0338 「九州から来ました」と言うと、だれもが「遠いところをわざわざ、ありがとうございます」。
支援物資を渡すと、「うちは大した被害じゃないから、他の方にやってください」と遠慮する。東北人の気質の一面を見た。

畳がなくなった家は寂しい。この2ヶ月で泥出し、家財道具の清掃はほぼ終わっていた。私たちももう少し早くこれていれば、お手伝いできたのにと悔やんだ。

支部の方たちは、私たちの支援を歓迎してカレーライスの炊き出しをしてくれた。新鮮な鰹もおいしかった。被災地に来てご飯をつくってもらうなんて、恐縮する。
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Dsc_0267_2 共産党塩釜地区委員会。70年代後半に建設された。すごい。鉄筋5階建て。塩釜市議会には議員控え室がないので、団の執務室も確保。地区委員長室もある。
私たちは5階の会議室にブルーシートを敷き、布団を並べて寝泊まりしている。




奇跡的に生き残った自治会長さん。かたづけに懸命の市民 被災地からの報告⑦

Dsc_0314多賀城市明月の被災地を藤原益栄、佐藤惠子両議員に連れられて回る。救援物資のバナナは遠方からの支援と被災者をつなぐ潤滑油として歓迎された。

明月地区は昨日まわった宮内地区と同じ自治区会で桜木南区という。宮内ほど壊滅的被害はないにしろ、ひと目見て大規模半壊の家屋が続く。

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多賀城市は福岡の太宰府市と友好都市の関係にあり、太宰府市は、いち早く支援物資を送った。ゴミ袋もその一つだろう。

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Dsc_0324 自治区会長の斎藤政治さん宅で話を伺う。斎藤会長は津波から奇跡的に助かった。

住民に避難を呼びかけ、自分も車に乗って避難しようとした矢先に津波が押し寄せた。だが30メートルほど流されたところで何かに乗り上げ停止。ドアを開け、車の屋根によじ登ろうとするが、手がすべってうまくいかない。やっと車の上に乗って助けを待つが、水はサイドミラーのところまで迫っていた。

「水がこれ以上だったらだめだった」と斎藤さん。夜になってあちこちから「助けてくださーい」の声が。「必ず助けが来るから」と声を張り上げ励ましたという。

「この2カ月は、毎日掃除とかたづけでした」と奥さん。1階が浸水してもなんとか家が保ったところでは、住み慣れた家で元の暮らしへとがんばる住民の姿があちこちで見られた。

Dsc_0318 他地区では、念願のマイホームに明日にも入居予定だったが、津波冠水にあったという話も聞いた。家族ともども茫然自失だっただろう。

だからこそ、最低二重のローンに苦しまない支援対策を早く確立しなければならない。そうしないと、がんばる展望がみえてこないことを痛切に感じた。

P1190626多賀城市大代公民館の体育館。津波冠水で床が30センチ近く浮き上がった。「もうここは使えないでしょう」。と周辺の住人。体育館では津波で流された思い出の品々が保管され、持ち主があらわれるのを待っていた。

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バナナ好評。支援物資に被災者の表情なごむ 被災地からの報告⑥

5月11日、多賀城市大代地区で活動開始。

被災住民に
支援物資を配布する青空市を大城公民館前にて開催。
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全国から救援物資を開梱し小分けにして準備する。けっこう手間がかかる作業だが、地元の人たちのテキパキとした指示で効率よく進む。
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018民主勢力でつくる共同支援センターが企画。
多賀城市議団は、被災者が平成22年度からの雑損控除適用で所得税と住民税がほぼ全額戻ることを伝える最新のニュースを配布。青空市を呼び込む。


「今日の目玉は、九州の共産党福岡県委員会から届いたバナナです」
大勢の被災者がやってこられ、米、野菜、バナナ、缶詰、レトルト食品などが1時間の間に品切れとなった。
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「福岡県からやってきたボランティアです」
「遠いところ、ありがとうございます。子どもがいるのでバナナうれしいです」
「どうか、
元気を出されて下さい」

P1190617津波で家をやられた被災者の表情がぱっと明るくなる。来てよかったとつくづく思う。

東松島町では線路もグニャリ。復興は住民本位で  被災地からの報告⑤

P11905055月10日、午後からは塩釜市議の中川邦彦さんの案内で、被災地を回る。

中川市議から、被災直後の写真を見せてもらう。他の自治体より比較的被害の少なかった塩釜ではあるが、それでも相当なもの。何事も津波の水の威力を想定して、これからのまちづくりに生かさなければなない。
 
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塩釜市北浜地区。
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操業していた造船所は跡形もなくなった。津波は堤防を軽々超えて、大型スーパーの営業はまだ再開されていない。

P1190550 東松島市にあるJR仙石線東名駅。津波の力は想像を超える。線路が持ち上がり、柵かとみまごう。自衛隊の災害救助車両が通る。まだ手つかず状態と見受けられるところ多々。


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同市野蒜(のびる)新町。約60の民家は壊滅状態だった。重機ががれきの撤去にフル回転していた。
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もし、鉄道などのインフラが復旧しても、住民は元通りの生活を望むだろうか。復旧・復興のあり方そのものが問われるだけに、津波対策の「正解」を求めるには、住民の意向がまず先行されるべきだ。

海岸に津波の爪跡・・・七ヶ浜町。被災地からの報告④

次に、宮城県内でも有名な海水浴場がある七ヶ浜町へ。松ヶ浜や菖蒲田浜など、被災の大きかったところを見て回る。
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がれきの撤去が進んだのであろうか。何もなくなった住宅跡に、また言葉を失う。なぜ、家が堤防の前に? それは引き潮に生じた現象。津波はここまで翻弄するのか。

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仙台港から流されてきたと思われるコンテナ。海岸線に横たわっている。

白砂青松の松原。シーズンを前にして民宿の方たちは、この夏に期待していたであろうに。跡形もなくなってしまった。

避難場所の常設掲示があったが、日常津波に警戒していた住民も、まさかこんな災厄にまみれるとは予想だにしなかっただろう。

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P1190500田んぼは塩水に浸かり、がれきが一面に広がった。稲が植えられるまでには、長期戦のたたかいが強いられる。




なにもかも無くなった惨状に言葉を失う。被災地からの報告③

多賀城市議団の藤原益栄、柳原きよし議員の案内で、市内宮内地区を回る。飛び込んでる目の前の光景に言葉を失った。津波のエネルギーとこんなに大きいものかと。そして、被災地域の広さに「これは長期戦になる」と思った。

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P1190449 何もかも失われた。地震、台風、ゲリラ豪雨など、数多くの自然災害を見てきたが、津波による被害は初めてだ。その最大の特徴は、ほとんど原型を保たず壊滅させるところにある。

この地震さえ無かったら、穏やかで平和な日常が続いていたに・・・立地のわずかな高低差で明暗を分けた結果にも、やりきれない思いがこみ上げる。

支援物資の運び入れ。バナナが熱い! 被災地からの報告② 

5月10日、塩釜地区で活動開始。

Dsc_0286 福岡からのバナナの半分を多賀城のセンターに配分された。箱を開けて、熟成が進むバナナに風通し。

そうしていると、甲府市から物資が届いた。米、缶詰やレトルト食品。これをバケツリレーで運び入れる。物資の仕分けはマンバワーがどうしても必要だ。

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甘いにおいがたちこめる。発酵熱というのか、ずいぶん温かくなっている。今が食べごろ。早く届けたい。

塩釜に到着。被災地からの報告①

Dsc_0260_2 東北新幹線の車窓から見る福島県、宮城県の景色は予想外だった。建物がしっかりしている。ブルーシートの家屋はまばらだ。津波被害のなかったところは、倒壊多数のイメージがあったが、第一印象は「しっかりしている」だった。

Dsc_0262_2仙台駅周辺で仮設住宅を作っていた。仙台駅を行き交う人々、ショッピングセンターは、普通の大都市の表情だ。
無料公衆電話コーナーがあった。震災後2ヶ月たってまだ電話、電気、水道が断たれているところがある。

Dsc_0263仙石線に乗り換えて西塩釜駅で降りる。もう日が暮れた。地区委員会はここから歩いて10分ほど、塩釜市役所の目の前にある。塩釜・多賀城・宮城・黒川地区委員会という。ここで宗像市議団(末吉さん、植木さん、新留さん)の3人と合流。

Dsc_0265 地区委員長の天下健(あましたたけし)さんから、地区内の被災状況を伺う。

天下さん曰く「被災地はまず見ないとわからない」。連休に、県下で最も被災のひどい気仙沼などをボランティアでまわったという。「報道は一面的。現場に行くと立体的に見えてくる」。そうだろうな。

ということで、明日はバナナの仕分けをして、地区内の被災地を視察することとなった。ほどなくしてトラック隊が到着した。予定よりも随分早かった。野宿を想定して山のように持ってきた資材を積みおろす。

P1190418塩釜地区への支援隊は私達が初めてとのこと。それにしても地区委員会(民主会館)の立派なこと。なんと5階建てである。
5階の広間が寝る場所。風呂もあれば、近くに銭湯もある。飲食店も酒屋も開いている。ありがたい。LAN回線もあり、ワイマックスの電波も塩釜はOKだ。「2階の台所も自由に使って下さい」。ありがたや。

7人の自炊生活が始まった。市販の弁当と持ってきたカップ麺と缶詰などを開けて晩飯。みんなで食べるとうまい。

被災地に出発。ネットはつながるだろうか

5月9日、被災地の宮城県に向けて出発しました。

これから、ボランティア活動を終える13日まで、被災地からルポをお届けしたいと思います。ブログやツイッターでの発信ですが、ネット接続の環境にあるだろうか。ここが不安です。

知事選の時から使っているモバイルルーターが役立てばいいのだが。ワイファイはつながるだろうか。LAN接続の環境にない場合は、スマートフォンからツイッターで報告します。

宮城県へ出発。共産党福岡県委員会のボランティア第1陣

Dsc_0243 共産党の被災地救援ボランティア活動。5月8日、九州沖縄からは初の第1陣が出発した。

福岡県委員会登録の7人。まず川原さん、鵜沼さん、岩淵さんの3人がトラックを仕立てて出発した。宮城県塩竃市へと向かう。

トラックには、バナナ100カートン(箱)が積まれている。本数にしたら約12000本になる。現地では店舗も再開されていて、避難所での食料は足りているが、自宅で暮らす方には野菜や果物が喜ばれるとのこと。そこで支援物資はバナナとなった。
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トラック部隊はまず門司からフェリーに乗って大阪に向かう。9日が大変だ。大阪南港から宮城まで高速道路をひたすら走る。塩竃地区委員会には夜遅く到着する見込み。どうか安全運転で。

私は明日、飛行機とJRを使って塩竃に向かう。さあ、いよいよ出発だ。

新幹線「お客様の声」に要望を託す

JR小倉駅の改札口に「お客様の声」用紙が置いてあった。そこで以下の要望をあげた。
「大きな耳、持っています。」とあるので、期待したい。



Dsc_0240_2新幹線定期券のICカード化についての要望です。

小倉・博多間を新幹線通勤しています。新幹線はたいへん便利ですが、改札は不便です。新幹線定期券は高額なため、利用者のほとんどが定期入れや財布に入れて使っています。改札口ではいちいち取り出す必要があり、荷物の多い日などは大変です。

以前、改札が混み合って、私の定期券が前の乗客の切符と一緒に出され、持って行かれたことがありました。スピードが命の新幹線なのに、改札でもたつくとは。


JR九州、西鉄、福岡地下鉄がICカードに移行して久しく、しかもカードの相互提携で大変便利になりました。同じく博多駅に乗り入れるJR西日本はいつになったらIC化に踏み切るのかと、定期を取り出す際に思いを募らせています。

ちなみに私は、他県に出かけるときはEX-ICカードを利用しています。例えばこのシステムに定期券を搭載できないものでしょうか。ご回答願います。

救援ボランティアに登録 行き先は宮城・塩竃

先月末、党中央が被災地救援ボランティアを呼びかけた。ようやく現地の受け入れも可能ということか。さっそく福岡県委員会でボランティア登録をする。

声がかかるのはまだ先と思っていたら、第一陣が連休明けに出発となった。宮城県委員会から電話がかかってきて塩竃地区に入ってくれとのこと。海沿いの大被災地だ。

実際は10日からの活動となるが、少しでもお役に立てるようがんばりたい。

憲法集会・天木講演で共産党の負のイメージを考えた

5月3日、北九州憲法集会に出かける。今年で10回目なる記念講演は、元レバノン大使の天木直人さんの「外交官は見た! イラク戦争の現実」。

天木氏はイラク戦争に反対して外務省から罷免された。小泉構造改革への痛烈な批判と憲法9条擁護の論客としても知られる。

「沖縄普天間問題も、構造改革路線もアメリカの利益のための政治」と言い切る天木氏。外務省にもこんな人がいたんだと思うと、日本国憲法の生命力を感じてしまった。

Dsc_0228 憲法擁護を掲げる2党について――
「社民党は、政権にすりよったことが最大の問題」。なるほど。
「自分の考えに一番近いのが共産党。しかし、共産主義は困る。自由でいたいから」。ふむ・・・。

搾取や抑圧から解き放たれた人間社会は、自由と民主主義を開花させる。
天木さんは、日本共産党のめざす未来社会については、“世間は知りませんよ”と、伝えたかったのかもしれない。私にはそう思えた。

共産党の名前のもたらす負のイメージ。それを払拭することが日本共産党の主たる活動の一つだが、最近は成功していないような気がする。いや有体に言えばやっていない。09年の総選挙をめざす活動では、党名や未来社会論について、よく語ったものだったが。

この点もいっせい地方選挙総括のテーマとしてほしい。

お久しぶり 大ちゃん登場

みなさんご無沙汰しています。大です。

Dsc_0216480_2当家の主は選挙やらで忙しくしておりましたが、我が輩は相変わらず食っちゃ寝、食っちゃ寝の毎日です。

でも体型はちゃんと維持しています。家の中を走り回っているからね。スリムでカッコいいでしょ。

我が輩のプロポーションに主は触発され、スポーツクラブ通いを続けております。ご苦労なこって。

猫は年中GWです。快適、快適。さあ、キャットフードを食べるとするかな。

メーデーは仲間たちと楽しく語リあって

5月1日、82回目のメーデー。今年は福岡中央メーデーに参加する。

知事のメッセージが代読され、その後に私のあいさつ。「本来ならば私が知事としてこの場で」・・・(笑い、拍手)。
県民への公約実現に向けて県民運動を提起。「原発・防災対策や雇用・福祉の充実など、強く求めてゆきましょう。私もひき続きがんばります」
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天気にも恵まれ、博多・天神を1500人でにぎやかにパレード。「日曜日は集まりやすい」と県労連の梅野議長。

終了後は、組合事務所で打ち上げ。
知事選報道や政見放送のビデオを品評しながら大いに盛り上がる。選挙も終わってみれば、恥ずかしーhappy01
仲間たちと楽しく語り合って1日を過ごす。

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