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    移動が仕事。乗り物に乗るのが仕事。各地で出会った九州・沖縄の乗り物をご紹介します。

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海岸に津波の爪跡・・・七ヶ浜町。被災地からの報告④

次に、宮城県内でも有名な海水浴場がある七ヶ浜町へ。松ヶ浜や菖蒲田浜など、被災の大きかったところを見て回る。
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がれきの撤去が進んだのであろうか。何もなくなった住宅跡に、また言葉を失う。なぜ、家が堤防の前に? それは引き潮に生じた現象。津波はここまで翻弄するのか。

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仙台港から流されてきたと思われるコンテナ。海岸線に横たわっている。

白砂青松の松原。シーズンを前にして民宿の方たちは、この夏に期待していたであろうに。跡形もなくなってしまった。

避難場所の常設掲示があったが、日常津波に警戒していた住民も、まさかこんな災厄にまみれるとは予想だにしなかっただろう。

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P1190500田んぼは塩水に浸かり、がれきが一面に広がった。稲が植えられるまでには、長期戦のたたかいが強いられる。




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コメント

やはり・・現地の惨劇は凄かったでしょう・・。ドラミも言葉を失いました。一瞬にして、家が土台だけ残して流されていったんですから。街ごと飲み込んだ津波の脅威・・凄いです。まるで怪獣が暴れた後みたいで・・。ドラミたちを案内してくれたタクシーの運転手さんに、「この惨劇をしっかりみて、地元に帰ったら、みんなに伝えてください。」といわれました。
被災者の生活再建・・気の遠くなるような時間と国民創意が必要になるでしょう。特に、一次産業が盛んな地域だけに、復興は大変でしょう。上からの押し付けではなく、被災者の心に寄り添った生活再建。住民の苦難に寄り添い解決に頑張ることができる・・まさに党の出番です。田村さん・・頑張ってください。

息をのむ思いで、毎日のレポートを読んでいます。
継続的な被災地への支援、そして震災という事態を踏まえた福祉と防災の街づくりの実践。私も全国も皆さんと力を合わせねば、との思いを、田村さんの報告を拝見しながら、層一層と強くしています。
北九州での被災者支援の取り組みをさらに大きく広げるためにも、田村さんが戻られたら、緊急の報告会を開きたいと勝手に考えています。

全力での活動に大きなエールを送りつつ

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