看護と介護

母の一人暮らしは今のところ順調

母親の様子を見に一昨日の夜から大阪の実家へ。
腰椎をこれ以上骨折させないように、用心、用人の日々。ヘルパーさんが毎日、買い物や調理、掃除などの家事援助に入ってくれている。一人暮らしもどうやら順調のようだ。

「たまには外の空気も吸わなぁ」。駅前のレストランに連れだした。
背中の骨は曲がり、背もずいぶん縮んだが、頭と口はしっかりしている。必要な体調の報告から、どうでもいいことまでよーしゃべるわ。
めんどーな質問もワインを飲みながらだとゆっくり返せる。

歯が丈夫で(おそらく私よりの本数は多いだろう)好き嫌いがないのがよい。たくさんしゃべって、たらふく食ってお開き。



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母と3食

三回忌を済ませて、母は久しぶりに自宅に戻ることとなった。4日間家で過ごして、病院診療に出かけ、そのまま妹宅に厄介(感謝!)になるという。

「その間の食べるものが心配やねん」と妹。
「買いだしと飯やろ。まかしとき」と私。

小一カ月、妹宅で暮らしたから、自宅での訪問介護の計画はない。したがってヘルパーさんはこない。外出はまだできない。調理もする気になれないという。

P1000037 スーパーで4日分の食材を購入。冷蔵庫に残さず使い切らなければならない。

やっと野菜の値が下がってきたか。大根1本は余らすな、半分でいいか・・・パンは毎朝違ったものを・・・おお、餃子の王将のテイクアウト店があるではないか。買っていこう。・・・わしの今夜のビールもいるし(飲まなくてもいいのだが)・・・

年寄りの一人暮らしの数日分なのに、両手にいっぱいの買い物となってしまった。

リクエストにこたえて、カレーとおでんをつくった。ひじきを炊いた。コールスローサラダをラップで3つに分けた。半分の大根は、おでんと味噌汁と大根おろしにちょうどよく化けた。

夜、朝、昼と3食一緒に食べた。我ながら上出来。母はとても喜んだ。
「ありがとう。おいしいわ」

こうしてみると買い出しにいけない高齢者の思いは本当によくわかる。食べたい物をヘルパーさんに上手に伝えられない人も多いだろう。

「あとは、冷蔵庫に小分けしとるからな。しっかり食べるんよ」
私にできる親孝行はこれだけ。

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父の三回忌

10月17日、大阪へ。

父の三回忌。早いものだ。
先月、頸椎を痛めて妹宅でダウンした母もようやく歩けるようになって、今日法要を営むことができた。

P1120077 親戚の叔父叔母たちも年をとった。遠方からそう来れるものではない。住職に読経をあげてもらい、お膳をいただき、こじんまりと済ませた。

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痛みの原因は

親父の3回忌の打ち合わせで、久々に母を外に連れ出そうかと計画していたら、直前に妹からメール。「具合が悪くなった」。

なんでも体に激痛が走るとのこと。すは大阪へ。苦痛に顔をゆがめるが、痛みの原因はおろか、その部位が特定できない。もう数日が経過していた。「とにかくどこが悪いのか徹底的に診てもらおう」。

P1110031 妹の運転で松下祈念病院へ。オストメイト外来で日頃通っている。外科と整形外科を行き来し、血液、X選、心電図、CT、MRⅠ等の検査を受ける。
「病院に来たら痛みが少し楽になったわ」。不思議なものである。

結果は、頸椎の圧迫炎症。背骨の一部が押しつぶされ、神経を触っているとのことだった。
腰椎圧迫骨折につづき、母は御難続きだ。75歳でいまさら骨を鍛えるわけにいかず、曲がりかけた背骨と大事に付き合ってゆかねばならない。

検査と診断は、午前10時から午後6時までかかった。よく耐えました。「
原因がわかってほっとしたわ」。しばらくは妹宅で静養。

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オカンは元気。妹は奮闘中

4月5日、久々に大阪へ。

P1020258 オカンはすこぶる元気になっていた。外食に連れ出したが、以前と比べて食べる量もぐんと増えた。お土産は、いつもの辛子明太子に加えて「塩豆大福」。
これが旨いんよ」
「知ってる、知ってる。ありがとう」

翌日妹宅へ。奇遇にも彼女もスポーツクラブでシェイプアップに取り組んでいた。
ダイエット先輩の兄が腹筋とピラティスを指南。

「お酒なんか死ぬまでに1滴もいらないげど、おやつの洋菓子はやめられへん」。
私は真逆。世の中には変わった人がいるものだ。(と、妹も思っているだろう)


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  帰省は、ちょうど桜前線を追う形となった。九州と近畿で2度桜を楽しめてラッキー。車窓から太陽の塔が見えた。懐かしい。桜の台座に乗っているようでおもしろい。

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久々の買い物

5月29日、大阪・母宅。

今日は、私が買い物につきあうということで、ヘルパーさんにはお休みいただいた。

運動を兼ねて、歩いてスーパーマーケットへ。
「立派に歩けるじゃん」
「やっとここまできたのよー」

何十年と通い慣れた店だったが、店舗を建て替えたばかりで、商品配列が様変わりした。
「ヘルパーさんに買い物を頼むには、どこに何が売っているか覚えていないと」
母は“調査”に余念がない。カートを押しながらゆっくりと見て回っている。たいしたもんだ。こちらの方が疲れてしまった。復路はバスに乗って帰宅。

しかし、歩けるようになっても、力がないから物が持てない。米をとぐことができても、炊飯釜を持ち上げることができない。少し遅くなったが、母の日のプレゼントは小さな炊飯器にした。たいそう喜んでいた。

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食事して村上春樹の新作を買って・・・

5月28日、久々に帰省。

妹宅で長く療養・リハビリに励んだ母。その甲斐あって、自宅に帰り、一人暮らしができるまでになった。もちろん、週数日のホームヘルパーさんの手助けが必要だが。

ひとしきりお互いのことを話して、食事へ出かける。一応歩けるようにはなったものの、いかんせん体重が30キロ代まで落ち込んだ。たどたどしい。

しかし、食は歳と見かけの割には進む。歯が丈夫で好き嫌いがないのが助かる。何を注文しても「こんなん初めてやわ。おいしいーわ」。

たらふく食べて、繁華街を歩いていたら、書店にさしかかった。
「村上春樹の新作が出たんだってね」と母。
「よー知っとるな。読む?」
「うん、読む」

P11102442 年寄りのこの意欲がなんかうれしい。店頭に積み上げたばかりの「1Q84」2巻を手に取る。(俺は・・・と)探し求めていた白石一文著「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」の下巻を書棚に見つける。ラッキー。

母との“デート”も今日はここまで。
やっと自由気ままな一人になったのだから、好きな本を心ゆくまで読んだらいい。

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百箇日法要

1月26日、帰省。

P1060567 早いもので父の百箇日を迎えた。実家で法要。母と妹、叔母の4人でこじんまりとすませる。

四十九日に腰痛で動けなくなった母は、その後妹宅で通院とリハビリに励み、少しだけ歩けるようになった。家事や自力での入浴はまだできない。要介護判定の見直しを申請した。

仲がいい母娘でよかった。妹、義弟、姪御たちにただ感謝。

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四十九日の法要

12月6日、大阪へ。

早いもので親父の満中陰法要(四十九日法要)を迎える。
ところが直前にアクシデント。母が前日から突然の腰痛に襲われた。

妹から「どうする?」の電話。「動けんのやったら、しゃーない」ということで、肝心の母を欠いての法要となった。

住職の気配りと暖かい言葉に助けられる。
「四十九日に体を崩す人は、多いのです。腰痛になるのは、疲れが一気に来たのでしょう。お母さんは、来られなかったことを悔いて、家で手を合わせているでしょう」

無事法要と会食も終わった。急いで妹夫婦の車で母宅へ。
「痛い?」
「痛い・・・」。相当きつそうだ。
かかりつけの病院ががすぐにみてくれるという。日曜の夜、地獄に仏。

長い診断の結果―
もともと脊髄が曲がっていて、圧迫骨折の既往症もある。2カ所の骨が崩れかけていて神経にさわったのではと。「急に冷え込んだからねぇ」とドクター。

座薬を入れたら和らいで、ペラペラしゃべり出した。法事の首尾がどうだったのか、親戚は料理に満足してたいたか、さすがに気になっていたようだ。

当分は、妹宅で安静して経過観察。3日後に整形外科で診察を受けることとなった。

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■喪主■

(少し時間に余裕ができたので、父との最後を振り返ります)
10月21日、父の葬儀。

喪主―葬儀の主宰者。これほどやることが多いとは、思わなかった。葬儀場のスタッフは、事あるごとに「喪主様、いかがなさいましょう」とやってくる。

祭壇、供花、供物の手配、宿泊者の確認、食事の段取り、導師へのあいさつ、骨揚げまでの段取り、初七日の法要の仕出し料理の手配・・・悲しむ間もないとは聞いていたが、やたらと忙しい。

妹の佳世子が会計担当なので、勘定の仕事はない。これが一番助かる。親戚に会葬者の受付をひきうけてもらい、みんなに助けられた。感謝。

P1030833 棺に花を手向けるとき、エレクトーンで「影を慕いて」が流れた。父が好きだった歌。泣くことはないと思っていたが、涙がほほをつたう。

頑固で一本気なところがあったが、病と老いには勝てなかった。大往生だが、晩年が不憫でならない。
長いつきあいの住職が、父との思いで話にも触れ、荘厳な読経で見送ってくれた。

P1030844_2葬儀の最後に喪主あいさつ。そして、出棺、火葬、骨揚げ、初七日の法要とあっという間に時は流れた。

さよなら、お父さん。

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